【新社長インタビュー】トップウイング 菅沼洋介氏「カッティングエッジな製品を紹介したい」。開発途中の新製品も特別公開
2024年7月、トップウイングの取締役社長に菅沼洋介氏が就任した。トップウイングサイバーサウンドグループとして、iFi audioの国内市場開拓に大いに尽力した他、TOPWINGブランドのケーブルやアナログ関連アイテムなど、オーディオマニアの “痒いところに手が届く” 製品開発のキーパーソンでもある。 YouTubeチャンネルでもその膨大なオーディオ知識を披露し、オーディオファンからの信頼も厚い菅沼洋介氏。1990年生まれ、今年で35歳。新世代のオーディオ市場の牽引者として、改めて社長就任の意気込みと今後の取り組みについて語っていただいた。 ■オーディオとITの融合、リンのDSの登場が衝撃的だった ―― トップウイングの社長就任、誠におめでとうございます。若い世代のオーディオメーカー社長の誕生により、世代交代の大きな波も感じています。 菅沼 ありがとうございます。前代表の佐々木原も70歳を超えまして、そろそろ次の世代のオーディオマーケットのありようについて、真剣に考えなければならない時代に来ていると感じています。 ―― 改めて菅沼さんのオーディオ遍歴について教えていただけますか? 菅沼 両親ともにオーディオが好きで、その背中を見て育ったというのが大きいです。家の中にはオーディオがあり、それで音を聴くというのが当たり前のことでしたし、私自身もオーディオで音楽を聴くという試みに心惹かれるものがありました。でも実は父はJBL好き、母はタンノイ好きという大きな分断がありまして(笑)、折衷案として自宅にはヤマハの“センモニ”「NS-1000M」が置かれていました。それは今でも私の自宅で使っていますよ。 またオーディオとは別に、子供のころからIT系が大好きだったのです。小学1年生の時に両親にパソコンを買ってもらってから、プログラミングで遊ぶようになりました。自分でサーバーを立ててホームページなども作ったりしていましたね。当時(1990年代)はブログもSNSもなかったですから、自分のことを発信するためにはホームページを自分で作るしかなかったのです。 中学生くらいになるとイヤホンやヘッドホンへの関心も出てきます。フジヤエービックのブログなどを見て製品を購入したり、地元が宇都宮だったので、買いもしないのにのだや宇都宮店に行ったりとか。今よりもずっとお店さんの情報網やコミュニティが強かったですよね。 ―― 子供の時から、オーディオとITが身近にある生活を送ってきたのですね。 菅沼 大学生になって一人暮らしをするようになって、ちょっとタガがはずれたというか、オーディオ趣味にのめり込むようになってしまいました。そうそう、思い出しました、リンのDSの登場(2007年)が衝撃的だったんです。それまではPCIカードを差してパソコンからハイレゾを再生していました。それしかハイレゾを聴く手段がなかったのです。ですから、ネットワーク経由で音が出る、ということにびっくりして、大学1年の時に「AKURATE DS」を中古で買いました。当時、プログラミングができるというのは大学生のいいお小遣い稼ぎだったんです(笑)。 ―― 趣味としていたITとオーディオが融合した瞬間だったんですね。 菅沼 そうこうしているうちに、2014年にトップウイングサイバーサウンドグループに入社することになりました。入った当初はお客さまサポート、あと技術検証がメイン。それから海外折衝や広報の仕事をやるようになりましたが、小さい会社ですから、結局はなんでもやらざるを得なかったというのが正直なところです。ホームページ作成もイベント運営もなんでもやりました。 ―― 2014年というと、PCオーディオやハイレゾ再生、ヘッドホンがブームになり始めていたタイミングでしたね。 菅沼 はい、ハイスペック音源再生が盛り上がり、iFi audioが非常に注目されていました。Net Audio誌でも世界初のDSD 11.2MHz付録音源制作もご一緒してきましたね。 会社としては、その前からイタリア・M2TECHの輸入もスタートしていました。iFi audioが大きな事業の柱でしたが、それ以外にDAPブランドのLotoo、アクティブアースなどを手がける台湾のTELOS、ヘッドホンアンプなどの台湾のEleven Audio(当時のブランド名はXI AUDIO)と取り扱いアイテムを増やしていきました。 ■カッティングエッジな海外ブランドを紹介していきたい ―― 社長に就任されまして、これから注力していきたいことを改めて教えていただけますか? 菅沼 海外ブランドを輸入する輸入代理店と、自社ブランド、その2つを柱としてやっていきたいと考えています。輸入代理店としては、他社にはできないカッティングエッジなもの、ユーザーもどう評価評価したらいいかわからないものを日本に紹介していく、ということを考えています。 いま、輸入代理店の役割は非常に難しい、評価しづらい時代になってきたように感じています。いまや翻訳ツールでサイトも文献も手軽に読むことができますが、オーディオには英語の文献を読んだだけでも分からない製品がたくさんあります。そういうのを見つけてきて、こういうふうに使えるんですよ、楽しめるんですよ、と紹介していくのがトップウイングの役割かなと思います。 ―― リンのDSが日本に紹介された当初は、その目指す世界がなかなか理解されにくかった側面もあります。iPhoneが登場して、アプリが使えるようになって、ネットワークオーディオの考え方はいまや当たり前となりましたが、導入当初はとにかく混乱が多かったです。時間をかけて日本のユーザーにも理解してもらえるようになりましたね。 菅沼 例えばTELOSのアクティブアースなども、仮想アースに “アクティブ” の考え方を持ち込んだという点で画期的なブランドだと考えています。またVolumioについても、ラズパイのメーカーなんでしょう、と言われがちですが、ハードウェア・ソフトウェア双方に知見のあるブランドです。 最近ではオーディオルーターなども注目され始めていますが、それもきちんと代理店が日本に紹介しないと、使い方がわからないものもあります。そういうのを噛み砕いて紹介していきたいです。 ―― ネットワークオーディオが立ち上がってきた頃も、LANケーブルで音が変わるとか、ルーターで音が変わるとか、信じてもらえないことが多かったです。そういった技術を日本の文脈に合わせてちゃんと翻訳して伝えていくというのは大事な役割ですね。 菅沼 ただ、全世界的に「直販前提」のブランドがすごく多くなっている印象を受けます。体感的に新興メーカーの半分はそうです。自社サイトやAmazonといったECサイトで売るのを前提としているので、輸入代理店としては、日本に紹介したくても難しいものがあります。商売ですから、利幅が取れないと続けていけませんから。 なので、自社ブランドも大切にしたい、と考えているのです。 ■「自分が欲しいものを作る」ことが基本 ―― トップウイングの自社ブランド製品は、2017年に発売されたMMカートリッジ「青龍」からスタートしたと記憶しています。 菅沼 「青龍」の開発に私も携わっているのですが、実はアナログに興味を持つようになったのは入社してからなのです。両親は聴いていましたが、正直それまでは何がいいんだろうって思っていました。ですが、アナログをやり始めてだんだんその再生の仕組みや面白さが分かり始めてきたところで、トップウイングのカートリッジの企画にも関わるようになりました。 ―― どういった経緯があってカートリッジ開発をスタートしたのでしょう? 菅沼 一般的にカートリッジはMCの方が音が良い、と言われていますが、MM方式でもしっかり設計すれば良い音の製品が作れるんじゃないか、というところからスタートしました。 高価なMCカートリッジは、針の寿命も気になりますし、なかなかここぞ!という時にしか使えないですよね。ですが、MMはMCと違って、針交換が容易にできる、メンテナンスがやりやすい、という特徴があります。普段使いできるハイエンドカートリッジを作れないか、と考えたときに、MMにはまだまだ可能性があると考えたのです。 ―― 「青龍」や、その後に発売された「朱雀」は、中国市場など海外での評価も高いと聞いています。 菅沼 実はですね、その時は輸入代理店の業務がメインでしたので、カートリッジに関しても日本国内で売ることを主眼としてあり、海外に売ることはあまり意識していませんでした。ですが、結果的に海外で注目されたことで、新しい会社としての可能性を考えられるようになったことも大きいです。 ―― オリジナルのケーブル “FLUXシリーズ” も出されています。 菅沼 こちらもいろんな研究を重ねて作ったものですが、市場がどうこうというより、完全に「自分が使いたいケーブル」を作った、という言い方が正しいですね。2020年に私は統括部長に就任したのですが、会社のお金を少し自由に使えるようになったというのも理由としてありますが(笑)。 ―― 2024年は「Static Eraser」というアナログアクセサリーも発売して、こちらも大ヒット製品となっています。 菅沼 こちらはレコードの静電気を減らすためのアイテムですね。レコードを再生していると、やはり静電気が気になるんです。除電機など色々試してみたのですが、針の “直近” で対処してあげなきゃいけないんじゃないか、ということがわかってきました。そこからヘッドシェルのリングに通して使える「Static Eraser」のアイデアが生まれてきました。だからこれも、「自分が欲しいものを作った」というのが正直なところありますね。 ーー先日発表された光アイソレーター「OPT ISO BOX」も、4万円以下という手頃な価格感もあって話題になっています。 菅沼 OPT ISO BOXは、自分が使いたいからというより、ユーザーにぜひ提案したかった製品です。私自身、リンのDS購入当初からメディアコンバーターを使って光アイソレーションを実践していましたし、会社としてもSONOREの「opticalModuleシリーズ」などを展開してきました。子供の時からPCに慣れ親しんでいたので、メディアコンバーターの考え方もすんなり理解できたというのもあります。簡単、手ごろに光アイソレーションをユーザーに試していただきたくて作りました。速度切替機能もびっくりするぐらい音が変わります。 ―― 次の製品の計画もありますか? 菅沼 たくさんありますよ!いくつか同時並行に進めているので、どれから順番に出ていくか分かりませんが、まずは真空管バッファーアンプとDCディストリビューター「風神」「雷神」を準備しています。こちらは城下工業さんに製造をお願いして進めているところです。 それから、カートリッジとして「青龍・改」「朱雀・改」というのも開発を進めています。デザインコンセプトは共通ですが、設計から新しくなっています。「玄武」も準備をしているのですが、これは超・ハイエンド価格になってしまいそうです。ですので、4 - 5万円くらいで買える安いモデルも考えたいですね。 でも、あんまり高いものばかりをやりたくはないんです。高い製品はすでに市場にさまざまなブランドがありますから、トップウイングとしては現実的な金額で買えるものにしたいです。最近では、日本のPSEや技適(技術基準適合証明)といった法規制を遵守しないままの製品がECサイトなどで数多く販売されていて、市場としての課題も感じています。 ■転換期を迎える日本のオーディオ市場をいかに乗り切るかが課題 ―― 新製品のアイデアがたくさんあって、とても楽しみです。 菅沼 オーディオが好きでこの業界に入りましたが、趣味としてオーディオをやっていたからこそ、ビジネスとしてのオーディオとのギャップに悩んだこともありました。ただ、社長になったからには、開き直って自分の好きなものを作っていきたいと考えています。ですが、カスタマーサポートも長くやっていたので、自分の好きなものだけを追求して自分にしか使えないものを作ってもしょうがない、という思いもあります。お客さんが使いやすい着地点をしっかり見据えて製品化していきたい、と考えています。 ―― オーディオマニアのちょっとしたお困りごとをうまく言語化する、捕まえてあげることで、喜んでくれるお客さんがたくさんいますよね。この先やりたいこと、あるいは20年後にやりたいことはありますか? 菅沼 20年の前に、まず10年生き残ることですね。10年というのは、この先10年が日本のオーディオ市場が大きな転換期を迎えるところだと考えているからです。日本ブランドも、いま海外に大きく勝負をかけている会社が多くあることも理解しています。ただ、私は今も日本国内で勝負できてなんぼかな、という想いもあります。私の抱えている課題は日本だからこそ生まれたものであり、日本のユーザーに向けたオーディオの提案はまだまだできることがあると思います。 国産メーカーがこれだけあるというのも他の国にはなかなか考えられないことですし、日本語によるオーディオレビューがこれだけ豊潤であることもまた、オーディオ市場の活況を示すひとつの大きな指標だと思っております。この国のオーディオの豊かさに育てられてきたからこそ、この先10年のオーディオ市場をどう発展させていくか、ということが次の大きな課題です。 ―― これから10年が、日本のオーディオ市場における正念場であるということは私も非常に同意するところです。トップウイングのこの先の展開にも大きく期待しております。
構成:筑井真奈