「戦争の時代」となってしまった「2024年」を「地政学」の観点から振り返る
ロシア・ウクライナ戦争と二つの異なる地政学理論
現代世界を揺るがせ続けているロシア・ウクライナ戦争では、「英米系地政学理論」の世界観と、「大陸系地政学理論」の世界観が、ぶつかりあっている。「リベラル国際秩序」を推進する「英米系地政学理論」の見方では、ロシアの東欧への拡張政策に対して、封じ込め政策をとる必要性が強調される。これに対して「大陸系地政学理論」の見方では、ウクライナはロシアの「圏域(勢力圏)」であり、他の「圏域(勢力圏)」の浸食は、地域の安定を損なう。 NATO(西大西洋条約機構)の東方拡大が、ロシア・ウクライナ戦争の原因であるか否かについては、論争がある。欧米諸国は、否定しているが、ロシアのプーチン大統領は、NATOのほうが最初に挑発をしてきた、という見解を示している。国際法上は主権国家の独立は尊重されなければならない、という原則は当然である。ただ、それとは別に、脅威の認識は、いわば主観的な問題になる。また安定した安全保障の仕組みの構築も、国際法だけでは達成できない課題だ。 NATOは、劇的で急速な拡大にもかかわらず、これまで旧ソ連地域の国を加盟させたことはない。例外はバルト三国だが、NATO構成諸国は、バルト三国のソ連への併合を無効とみなし、冷戦期を通じても承認していなかった。またバルト三国は、ソ連崩壊前に独立を果たしたという点でも、ウクライナをはじめとする他の旧ソ連地域の諸国とは、位置づけが異なる。 大国間のバランス・オブ・パワー(勢力均衡)が秩序維持の原理であると信じられていた時代のヨーロッパで、大国に浸食されずに独立を維持できた国は、東欧には存在しなかった。第一次世界大戦までの時代の東欧は、ロシア、ドイツ、またはオーストリアによって分割支配されていた。第一次世界大戦後、国際連盟が設立され、集団安全保障の謳い文句で、東欧に数々の独立国が作られた。ウクライナは、その際に独立を宣言したが、すぐにソ連に吸収されてしまった地域である。その後、第二次世界大戦を経て、東欧の政治地図はたびたび変わったが、ソ連が縮小することはなかった。 1991年にソ連が崩壊してウクライナは独立国となったが、親ロシア派と親欧州派との間の政治闘争が繰り返された。2014年以降は、クリミアがロシアによって占領されただけでなく、東部のドネツク州とルハンスク州が、戦争に陥り、キーウの中央政府の実効支配から外れた。 「リベラル国際秩序」を標榜する欧米諸国は、主権国家の領土的統一性の原則を参照する。日本もそうである。だがロシアのプーチン大統領の主観では、欧米諸国の態度は、ロシアの封じ込め政策でしかなかった。NATOの歴史的な「圏域」を度外視した行動こそが、地域の安定を損なうものだ、という主張を、プーチン大統領は繰り返している。 地政学理論の二つの伝統から見れば、ロシアの主張は、「大陸系地政学理論」にそったものである。もちろんそれは現代の国際法の原則を尊重した理論ではない。だが欧米諸国の「二重基準」に不信感を持っているロシアから見れば、欧米諸国の指導者たちは機会主義的に都合よく国際法を解釈しているだけで、実態は、「英米系地政学理論」にもとづいたロシアの封じ込めを継続して行っているにすぎない、ということになる。 ロシア・ウクライナ戦争だけを見れば、国際法の観点から見て、ロシアの主張が弱い。しかし他の地域の事例を参照するならば、欧米諸国は恣意的に国際法を参照する「二重基準」に陥っている、という主張にも、妥当性があるように見えてくる。そのため、ロシアに対する国際的な非難は盛り上がりを欠く結果になっている。対ロシア経済制裁に参加しているのは、アメリカの軍事同盟国のみである。2022年2月の全面侵攻発生直後は、国連総会において141カ国がロシアの侵略を非難する決議に賛成した。 文言調整のうえで、翌年にも一応は同趣旨の決議が141カ国の賛成で採択された。だが、その後は、決議提出がなされなくなった。141カ国の賛同を得ることが不可能になっているからである。2024年6月に開催された「平和サミット」の共同宣言に署名した諸国の数は80カ国ほどにとどまった。サミット後しばらくの間、ウクライナ政府は、「グローバルサウス」諸国の賛同を取り付けて第二回サミットを開催する、と強調していた。だがそのような発言は、最近ではなされなくなっている。