中村壱太郎&尾上右近 『京鹿子娘道成寺』 「こってり」と「さっぱり」、それぞれの白拍子花子を。【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
ふたりのキャラクターが滲む花子を
── 次は火焔太鼓の柄の襦袢に肌脱ぎになって「面白の四季の眺めや」で(山の名前を列挙する)山尽くしになります。胸に鞨鼓をつけて撥で打ちながら踊りますが、あれは実際に自分で踊りながら打っているんですよね。 右近 そうです。結構ちゃんと鳴るんです。あれを鳴物さんが陰で叩いて音を附けるとしたら大変ですよ。女方はどうしてもいつもの癖で腕を落として踊りがちなので、打っていない方の腕をしっかり伸ばして踊らなきゃいけないところですね。 ── 観ている方もクドキの後で開放感があると言いますか、目線が高くなる感じがして、山々の稜線を花子と一緒に眺めているような気分になります。 壱太郎 あれはやはりクドキの後にくるべき踊りだなと思いますね。 右近 僕はここが一番「京鹿子」って感じがするんだよね。 壱太郎 え、そうなんだ! 右近 山に囲まれている都を形容している感じがね。盆地のまん中で踊ってる、みたいな(笑)。 壱太郎 それいいね。盆地で踊ってるって(笑)。 ── 「稲荷山~」ではドロドロの鳴物になり、狐を思わせる振りが付いています。 壱太郎 あれはやはり、花子が踊っているうちに一瞬狐が憑いちゃった、ということなのかな。 右近 そんな感じだよね。 壱太郎 この娘、本来は狐じゃなくて蛇だから、踊りながら「あ、違った、私は蛇だった」と思い出してるのかな(笑)。洒落っ気があって抜け感がいい感じだよね。 ── そして「ただ頼め」でまた手踊りになります。ここはそれぞれ衣裳が違いますね。 右近 ここは唯一衣裳の自由度の高いところですね。着物も帯も「かぶせ」だから重いし袖の扱いも意外に難しい。 壱太郎 着物の模様はケンケンが麻の葉の柄で僕は桜です。僕の衣裳の帯は黒で、ケンケンの衣裳の帯は朱になっています。ここはそもそも踊らない方もいますね。 右近 僕、実はここ、結構苦手なんです。 壱太郎 ほんとに? 僕は、「ここ、無くてもいいんじゃないかな」って思われたら負け、みたいな感覚がある。ここからさらにもう1アイテムをお見せするぞ、という空気を作っていかなきゃいけないじゃない? そして意外に手数が多い! 右近 ホントそれ。 壱太郎 ここは作った人の性格悪いなって思う(笑)。 右近 ホントにそう(笑)。 壱太郎 ここまでの勢いでこの先も行けるかと思うと、これが行けないんですよ。でもここの曲の感じ、ケンケンの雰囲気と合ってる気がするよ。 右近 え、それはうれしい(笑)。 ── そしてまた引き抜いて白地に枝垂れ桜の衣裳になり、鈴太鼓という鈴の入った振り鼓を両手に持って踊ります。 右近 ここは僕らそれぞれ引き抜くタイミングが違うんですよ。 壱太郎 「花に心を深見草」の前か後か。あれはどっちもありだなと。 右近 お客様に尋ねてみたいところですね。それぞれに対してどんな印象を抱くのか。 ── このあたりで体力的にもそうとう限界に近づいていませんか。 右近 それなりにキテます。ランナーズハイになっていますが、ここでもうひとふんばりして丁寧に踊らなきゃと改めて思うところです。 壱太郎 そうそう、ここで小さくなっちゃいけない。疲れてるからこそダイナミックにいきたい。後ろから曲に押してもらってる感じがするよね。あと「早乙女、早乙女、田植え唄」って二度繰り返すところなんてもう意味わからない。 右近 あの繰り返し、サブリミナル効果を感じるよ。 壱太郎 疲れている僕らへの励ましかなって感じます(笑)。 ── そしていよいよ「鐘入り」です。鱗地の衣裳に肌脱ぎになって、清姫の亡霊の本性を顕し蛇体となります。 壱太郎 いや、ケンケンの鐘入りはすさまじく速い。このテンポでいけるんだと驚いた。 右近 僕の鐘入りは「終わるぞ終わるぞ終わるぞ~~~ハイ、終わった~」ではなく、「終わるぞ終わるぞハイ終わった!」ですから(笑)。 壱太郎 具体的には「さらし」という合方(三味線音楽)を使うかどうかです。使わないで能を思わせるいき方なのがケンケン。 右近 僕は頭もそのままで鐘に上がっちゃうからね。 壱太郎 僕は「さらし」の間に鱗の衣裳に変わり、鉄杖を持ち蛇体の姿を見せます。 ── それぞれの踊り分けの中で、特にお好きなパートはありますか。 右近 またいつか歌舞伎座で踊らせてもらいたいという思いも込めて、「道行」が好きです。今回やらないところ(笑)。 壱太郎 僕はやっぱり鐘に上がってチョン(柝)を切れるというのは、やはり役者として幸せなことだなと。そして自分に課した使命を感じる瞬間でもありますね。 ── 踊り分けながら、途中で例えば眉や目尻に色を足したり顔を直したりするものですか。 右近 それはないですね。時間もないし。襟に首の白粉が落ちるのでそこを直すくらいかな。 壱太郎 どのタイミングで直してる? 右近 「恋の手習い」の前。襟、やばいっす。襟に白粉が付いて落ちるのがホントいやなんだよね。 壱太郎 女方としてあれはいやだよね。顔より首を濃く塗っておけって言われます。