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【改元記念連載】「ホモ・ヒストリクスは年を数える」筆者インタビュー 佐藤正幸・山梨大学名誉教授

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THE PAGE

 まもなく平成が終わり、新たな元号の時代がやってきます。日本だけでしか使われていない時代区分ではありますが、新聞やテレビなどで平成を振り返るさまざまな企画が行われるなど、一つの大きな区切りと捉える人が多いようです。その一方で、元号に対して否定的で「西暦に統一したほうがいい」という意見も少なからず聞こえてきます。  そもそも、人はなぜ年を数えるのでしょう。元号という年の数え方に注目が集まっている今だからこそ、人がどのような方法で年を数えてきたのか、それにはどのような意味があるのかについて考えてみるのはいかがでしょうか。  長年、「歴史における時間」について考察し、研究を進めてきた佐藤正幸・山梨大学名誉教授(歴史理論)による「年を数える」ことをテーマとした連載が28日から「THE PAGE」でスタートします。タイトルは「ホモ・ヒストリクスは年を数える」。  連載を前に、筆者である佐藤名誉教授に話を聞きました。

「過去を振り返る地球上唯一の生き物=ホモ・ヒストリクス」

THE PAGE(Q):今回の連載のタイトルに入っている「ホモ・ヒストリクス」という言葉。多くの人は初めて聞く言葉だと思います。 佐藤名誉教授(A):みなさんがよく知っているのは「ホモ・サピエンス」ですよね。叡智を持った人間という意味です。似た言葉で、私の頭の中にあるのは「ホモ・ルーデンス」という言葉です。『中世の秋』で知られるオランダの歴史家ヨハン・ホイジンガが著書のタイトルに使用しました。「遊びというのは人間活動の本質のひとつで、文化の核となるものではないか」というものです。そこで、過去を振り返るということを考えてみると、これも他の動物は意識的に過去を振り返るという知的行為を行ってはいない。人間だけが行う行為です。そこで私は、「過去を時系列に整理・分類し、己の英知の源泉とする動物としての人間」という意味をラテン語で表す、「ホモ・ヒストリクス」(Homo Historicus)という言葉を使うようになりました。 Q:ホモ・ヒストリクスという言葉は、先生の造語なのですか? A:いいえ、以前から使われている用語です。私が最初に目にしたのは30年ほど前で、フランス人歴史家の論文でした。私自身は、2000年8月にオスロで国際歴史学会議が開催された時に、「時間の構築と分割」という西暦二千年を記念した本会議を主宰したのですが、その時の基調講演で使いました。「混沌とした過去に時間という概念を導入することで、事象を整理し、過去の英知を自分たちの財産として将来に使う。これができるのは地球上で人間だけである」という文脈で用いました。 Q:佐藤名誉教授の専門は歴史理論ですが、ホモ・ヒストリクスという言葉の説明を聞くと、歴史的である一方、科学的でもあるな、という気がしてきます。そもそも、歴史の中の時間について、関心を持つきっかけになったことはあるのですか? A:最初のきっかけは、お寺が仏滅紀元(ブッダの没年を起算年とする紀年法)を使わず、年号と干支を使っていることに疑問を持ったことでした。なぜなのかな、とずっと思っていました。そんな中、イギリス留学中に「キリスト教の時間は直線的時間だが、アジアには直線的時間がない。直線的時間がないところには歴史がない」という奇妙な論法を聞かされたのです。ところが、実際のところを考えると、中国でも日本でも歴史というのは豊かな学問領域です。彼らの言っている論理と現実は明らかに異なっている。ということは、他に歴史を数えるシステムがあったに違いない。そう考えた時に、「それは年号と干支の組み合わせによる紀年法だ」ということに気づきました。この2つで、絶対時間はほぼ特定できるからです。 Q:キリスト教的な時間の数え方以外にもあるぞ、ということですね。 A:これに気づくと、今度は逆に、西暦、つまりキリスト教紀年とはどういうものだろう、という疑問がわいてきました。調べてみると、これは紀元6世紀に考案された紀年法で、当初はあまり役に立たないものでした。しかし、紀元前という概念が発明され、17世紀の科学革命の時代になって、地球の歴史が考えられていたよりもはるか昔から存在していたことが科学的にわかってくると、便利な紀年法として一気に脚光を浴びることになりました。理論的にはどこまででも過去にさかのぼれるからです。同時にどこまででも未来に進んでゆけるからです。先にお話ししたオスロの会議で、このような話をしたのですが、それまで欧米の歴史家はほとんどこうしたことを考えたことがなく、興味を持たれました。 Q:元号と干支、そして西暦を自然に使いこなしている日本で育ったからこそ、このような着眼点を得ることができたのでしょうか。 A:そうだと思います。キリスト教紀年だけではない、ということを知っていたからでしょうね。そして、だからこそ、キリスト教紀年が持っている欠陥などもよくわかりました。例えば、1つ例を挙げると、紀元前の概念ができたのは8世紀でしたから、紀元1年の前が紀元前1年になります。「0」がないのです。このゼロという数表記はインド人の発明で、アラビアを経由してヨーロッパに伝わったのは10世紀以降のことです。 Q:なるほど。そのお話を聞くと、歴史だけでなく、科学、数学などあらゆるものが関わってくるのだ、ということを改めて感じますね。 A:ホモ・ヒストリクスである人間が、いろんな国、いろんな地域で過去に蓄積してきた文化を集めて、時間をとらえてきた。それが紀年という「年を数える」行為ではないでしょうか。

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