柴咲コウに聞く「怒り」との向き合い方。「人が一線を越える、超えないは、本当に紙一重」
俳優・柴咲コウさんの最新映画『蛇の道』。黒沢清監督が1998年に公開した同作を、フランスの制作会社のラブコールによりセリフリメイクしたものとなる。 柴咲さんが演じるのは、娘を殺され復讐に燃える男・アルベールと出会い、力を貸すことになるパリ在住の心療内科医・小夜子。事件の関係者を追い詰めていくなかで、アルベールの、そして小夜子の抱える闇が徐々に明らかになっていく。思いもよらぬ展開を見せる、復讐劇の結末とはーー? 柴咲さんが本作への出演を決めた理由や、「『メルシー』『シルブプレ』しか知らなかった」というフランス語の習得法についてお聞きしたインタビュー前編に続き、後編では映画のテーマでもある「怒り」や「悲しみ」との向き合い方、小夜子を演じきった手ごたえ、そして表に出る人間として発言することの難しさなどについて聞いていく。 【写真】柴咲コウさん、凛々しく美しい…
人が一線を越える、超えないは紙一重
心療内科医という立場でありながら、娘を殺されたアルベールの復讐に全力で協力する小夜子。法的に考えれば完全にアウトな行為だが、そんな小夜子の生きざまを柴咲さん自身はどのように感じたのか。この映画のキャッチコピーである「どこまでも、追い続ける」という言葉も意味深だ。 「だから蛇の道なんです。その道を選んだ時点で、幸せなんてものはないんですよ。もちろん小夜子自身わかっていての行動でしょうし、じゃあ何もしなければ良かったのかといったら、それはそれで生き地獄になってしまう。彼女には、そうするしか道がなかったのだと思います」 ストーリーの性質上、根幹の部分に触れられないのがもどかしいが、演じながら小夜子への共感はあったのだろうか? 「そうですね、共感できる部分もありました。まあ私がどう思うかは別にしても、最近は『正義か悪かだけじゃない。グレーもある』といったように、事件の裏にあるストーリーをきちんと伝えるようになってきていますよね。なぜ犯罪者が犯罪に手を染めたのかを丁寧に紐解いてみたり。 自分が本当に大切にしているものを壊された時、その悲痛な思いをどんな方法で解消すればいいのか、どうやって気持ちを収めていくのかーー。人が一線を越える、超えないは、本当に紙一重なのだろうと思います」