桜宮高校バスケ部体罰自殺事件を問い直す(上):真面目な子供を死に追いやる「部活」の異常さ
17歳の少年が部活動の顧問による暴力を苦に自殺した「桜宮高校バスケ部事件」から10年あまりが経過した今年2月、加害者の元顧問が指導者ライセンス再発行を申請した。日本バスケットボール協会は5月になって申し出を却下したが、亡くなった少年を知る同校バスケ部OBの男性は、元顧問が再発行を望んだこと自体「腸が煮えくり返る思い」と語る。今なお暴力を根絶できず、死者を出し続ける日本の部活動とスポーツ指導の異常さを問う。 *** 2024年5月9日、日本バスケットボール協会は、今年2月に指導者ライセンスの復権を求めていた小村基(58)の要請を拒否した。小村は大阪市立桜宮高校(※当時、現在は大阪府立)の元体育教師であり、同校男子バスケットボール部の顧問兼監督を務めていた男である。 2012年12月23日、桜宮高校バスケットボール部のキャプテンだった17歳の少年が、自ら命を絶った。制服のネクタイで首を吊るというショッキングな最期を遂げたのだ。小村はこの少年に対して連日、暴言・暴行を繰り返しており、キャプテンは追い詰められていた。 少年が死を選ぶ前日、小村は練習試合中のコートで彼を追いかけ回し、20発もの平手打ちを浴びせている。後に小村は傷害と暴行で起訴され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されている。2016年2月には、遺族が大阪市を相手に損害賠償を請求した民事訴訟で、東京地裁が市におよそ7500万円の支払いを命じた。その2年後には、大阪市が遺族に払った金額の約半分を小村に払うよう求めた訴訟で、大阪地裁が請求通りの4300万円あまりの負担を被告に命じている。 ※こちらの関連記事もお読みください。 桜宮高校バスケ部体罰自殺事件を問い直す(下):絶対権力者を生む「ボランティアコーチ」依存
部活を辞めると必修単位が取れないスポーツ健康科学科
5月9日の決定後、筆者は桜宮高校バスケットボール部OBである谷豪紀をインタビューした。小村の犠牲者となった少年の2学年上で、同じポイントガードだった30歳のソフトウエアエンジニアだ。 都内で待ち合わせた谷は、朗らか、かつ爽やかな印象だったが、小村についての質問を始めると、途端に表情が曇った。 「小村がライセンス再発行を申請したことについては、腸が煮えくり返る思いです。卒業後、直接会ってはいませんので、実際に反省しているのかどうか分かりませんでした。ただ、小村も子を持つ身です。子供が成長すれば、自分が何をやったのかくらいは気付いているだろうと感じていました。でも、こちらの一方的な期待に過ぎなかった。風の噂でどこかでコーチとしての復帰を目指しているようなことは伝わってきましたが、いかに常識に欠けた人間でも、流石にそれは無いだろうと。ライセンス再申請の動きがあることは、ご遺族から伺いました……」 小村にも子供がいる。親であるなら、我が子の亡骸と対面した際の、遺族の気持ちを汲めるはずだ。 「高校時代、時々、休日に4~5歳の息子を連れてきていました。バスケットコートの後ろにある教員室で、遊ばせていましたよ。教師が空いている時間に部活動を見ているわけですから、指導者側も色々大変なんだろうなとは思います。でも、あの人たちにいい指導を求めるのは、そもそも難しかったですね。私は、制度自体に問題があったと見ています。 桜宮高校は思った以上に異質でした。チーム一丸となって一生懸命頑張る集団ではなく、管理された薄暗いイメージです。とにかく、小村は生徒を服従させたかったんですよ。指導者としての哲学や選手の心のケア、マネージメント理論等まったく無い人間です。声は聞こえるのですが、話が上手いわけでもないし、ボソボソした喋り方で、体育館の端までは通りません。また、相手に興味、関心を持たせられる語り口ではありませんでした」 谷がバスケットボールを始めたのは小学3年生の時だった。ガードとしてゲームメイクを担当し、小、中と所属チームでキャプテンを任された。強豪校で揉まれたいと、練習の厳しい高校を選んだ。 「桜宮には普通科と体育科とスポーツ健康科学科があって、バスケ部は一学年、10~20人くらいいました。8割がスポーツ健康科学科でしたね。実は大阪って、激戦区なんです。8校くらい強い高校があって、大阪でトップになるのは、かなりハードルが高かったです。桜宮以外の強豪校は私立で、推薦で背の高い優秀な選手を採るんですよ。だから桜宮にはサイズは小さいけれど、走力が売りみたいな子が多かったです。全国大会を狙えるなかでは唯一の公立ですし、エリート集団というよりも努力したいタイプが集まりました。 1週間に2~3限は、体育関係の授業でした。水曜日の5~6時間目に〈専門〉と呼ばれるクラスがあって、所属する部の練習に行って良いことになっていました。必修ですから、仮にバスケ部を辞めたら単位を落とすことになります。他の部に移る選択肢も、あって無いようなものでした」