「差」と「比」の使い分けとは?
数値を比較する2通りの方法
健康・医療に関する身近な数値の一つに体重があります。ここでは、5年前の体重が80㎏だった人が、現在は90㎏になったと仮定します。80㎏(5年前の体重)と90㎏(現在の体重)という二つの数値を比較する方法を考えてみましょう。 すぐに思いつくのは「差」で示す方法です。現在の体重は5年前に比べて(90㎏)–(80㎏)=10㎏増えました。 もう一つは「比」で示す方法。現在の体重は5年前に比べてどのくらいの割合で増えたのか、です。増えた体重を元の体重で割ると、(90㎏-80㎏)÷(80㎏)=0.125となり、12.5%増えた(または1割2分5厘増えた)、といえます。 このように、二つの数値を比較する方法には「差」と「比」の2通りがあります。体重の増減を表すには「差」の方が分かりやすいでしょう。しかし、健康や医療に関する情報、中でも臨床試験の結果に関する情報は、「比」で示されることも少なくありません。 例えば、アルツハイマー病の新薬(レカネマブ)の臨床試験の結果について、ある記事(1)では「投与開始から1年半後の時点で、薬効のない偽薬(北澤注、プラセボのこと)を使った人に比べ、認知症状の進行を27%遅らせた」と「比」で示していました。 一方、別の記事(2)では同じ臨床試験について、「18カ月後、レカネマブを投与したグループは平均1.21、プラセボ(偽薬)を投与したグループは平均1.66、それぞれ悪化した。その差が0.45(27%)となる」と、「差」(0.45)と「比」(27%)の両方を示していました。ちなみにこの試験で使われたスコア(CDR–SB)は0から18までの値を取り、数値が大きいほど障害が大きいことを示します。 レカネマブ群とプラセボ群を比較すると、「差」は(1.21)-(1.66)=マイナス0.45となり、悪化はレカネマブ群の方が少なかったことになります。それを「比」を使って表すと、(1.21-1.66) ÷(1.66)≒マイナス0.27となり、マイナス27%。これが「27%遅らせた」の意味だったのです。 数値で比較することは、客観的で誤りがないと思われがちですが、「比」で「27%遅らせた」というのと、「差」で「その差が0.45となる」というのとでは、中身は同じでも読み手に与える印象が異なります。「比」で表す方が「差」よりも薬の効果を大きく感じませんか? このように、数値の比較を目にしたら、「比」と「差」のどちらが使われているかに注目してみましょう。できれば「比」だけではなく「差」も知っておくと、より正確な理解につながります。 【文献】 (1)47NEWS(共同通信)2023年6月10日「米、レカネマブの本承認支持 エーザイの認知症新薬」 (2)医療プレミア(毎日新聞)2023年9月18日「エーザイのアルツハイマー病新薬「レカネマブ」の誤解 知っておくべき効果や課題」 北澤京子(きたざわ きょうこ) 医療ジャーナリスト 京都薬科大学非常勤講師 *『月刊糖尿病ライフさかえ 2024年1月号』「賢く付き合おう! 健康・医療情報」より