「土砂崩れで生き埋めになっていて」プロ防災家の人生を変えた90歳女性の救出体験
話すことはできるが、彼女の身体は瓦礫に挟まったままである。容態はどんどん悪くなる一方、機材も使えず、短時間で救出できる状況ではなかった。 「僕はお婆さんの手を握りながら、『ここから出よう、諦めなければできるよ』と声をかけ続けました。現場に医師を要請し、レスキュー隊が全力を上げ、手作業で必死に掘り続けた。 5時間半後、ようやく救出することができました。僕は最後までお婆さんのそばにいましたが、救出時はもう意識がありませんでした。そして僕たちは次の現場へ向かいました」。
「私の人生をレスキューした」お婆さんとの再会
野村さんはお婆さんのその後の経過が気になっていたが、当時は連絡する術がなかった。その半年後、車椅子に乗った高齢者と男性、小さな男の子が消防署にやってきた。 署内に入ろうとする3人を見て、野村さんは駆け寄り声をかけた。「お婆さん大丈夫? 手を貸しましょうか」と。 「そうしたらお婆さんが『その手、その大丈夫って言葉、あんたでしょう』って、僕の名札を見て、わーっと泣き崩れたんです」。 野村さんも、あのお婆さんだと気づいたが、お礼に来たのなら「仕事中だから」と断ろうとした。が、彼女の目的はそうではなかった。 「お婆さんは泣きながら、『あなたは消防士として怪我や瓦礫から救ってくれた。でもね、あなたが本当にレスキューしたのは私の人生なの。人生をレスキューする消防士はほかにいないわよ』と言われたんです」。 「もう一度命をもらえたから」と、その後は親子の確執や言い合いもなくなったという。さらには、お孫さんが消防や災害関係の職に就いたことも風の便りで聞いたのだとか。
119番の背景にあるものとは?
この救助経験により、事故や被災の背景には常に人間ドラマがあることを意識しはじめた野村さん。だんだんと未然に防ぐためにはどうしたら良いのか、防災対策へと考えを巡らしていくようになる。 「消防隊というのは、119番を受けてから現場へ出動します。つまり、受動的な救助であり、それだけでは救出できないこともある。だから、先手を打って防ぐという“フィードフォワード”な活動ができたらいいのでは、と考えるようになりました」。 ここでいう「フィードフォワード」とは、先を見据えた行動や思考であり、現在の野村さんの防災意識として掲げているスローガンでもある。 次回は、この「フィードフォワード」という心構えと防災意識について紹介したい。 佐藤ゆたか=写真 取材・文=池田裕美
OCEANS編集部