ザックの采配ミスを救った本田のメンタル
右サイドバックの内田篤人(シャルケ)は、栗原の投入を見て今野、栗原、吉田で組む3バックのシステムに変更したと勘違いしたのだろう。不用意にポジションを上げ、背後のスペースをMFトミー・オアーに突かれてしまう。オアーが放ったクロスは明らかに狙ったコースからそれていたが、GK川島永嗣(スタンダール・リエージュ)の頭上を越えてバーを直撃。そのままゴールに吸い込まれてしまった。 引き分けでのW杯出場決定が見えてきた殘り9分で、均衡を破られるまさかの展開。慌てたザッケローニ監督は、内田に代えて194cmの長身FWハーフナー・マイク(フィテッセ)を投入した。長友を再び左サイドバックに戻し、今野を右サイドバックに回すというドタバタのシフト変更。しかしながら、チーム全体にハーフナーの「高さ」を生かすという共通意識が欠けていた。 ハーフナーを目がけた左右からのクロスもロングボールも何もない。ハーフナーをターゲットにする練習もまた、していなかったのだろう。本来ならば栗原の投入と同時にトップ下からFWにシフトさせていた本田のキープ力を生かし、オーストラリアが苦手とする俊敏性を武器とするFW乾貴士(フランクフルト)を2列目に配した方が効果的だったはずだ。 実は時間だけが刻々と経過していく中で、本田はFW香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)とこんな戦術統一を図っていた。 「オレらが強引にスペースを作りながら仕掛けていくしかない」 彼らは高さを誇るオーストラリアにハーフナーの高さで対抗するのではなく、地上戦で対抗すべきだと考えていたのだ。1点を取りにいく戦術の部分でも、ザックと選手の意志にズレがあった。 後半45分に放った本田のシュートが、MFマーク・ブレシアーノのブロックの前に右のCKに変わった。この試合4本目となるCKで、本田はキッカーのMF遠藤保仁(ガンバ大阪)に近づいていった。 敵地でオーストラリアと戦った昨年6月の一戦。日本は左右から執拗にショートコーナーを仕掛け、大柄なオーストラリア守備陣を翻弄。最終的には右のショートコーナーから、本田のクロスを栗原がゴールに叩き込んでいる。試合後、本田はこう語っていた。 「オーストラリアがショートコーナーを嫌がることは分かっていたので」 舞台をホームに移した一戦では相手の逆を突く意味も込めてショートコーナーを封印していたが、土壇場でそれを解いた。本田がゴール前へ低く、速いクロスを入れた直後だった。ボールはMFマシュー・マッケイの左手に当たり、PKを宣告するレフェリーの笛が鳴り響いた。ハンドを呼び込んだ裏にも、土壇場で相手の意表を突くという本田の綿密な戦略があった。 試合終了直後にピッチサイドで行われたフラッシュインタビューには答えたが、その後、メーンスタンド下のミックスゾーンに最後に姿を現した本田は、「しゃべらへん」という言葉だけを残して通り過ぎていった。