ザックの采配ミスを救った本田のメンタル
6万人で膨れ上がったスタジアムが地鳴りのような大歓声で揺れ、次の瞬間、奇妙なまでの静寂に包まれた。目の前で初めてW杯出場を決める、歴史的ゴールへの祈りを捧げるためだ。 1点のビハインドを背負ったまま迎えた後半ロスタイム。相手のハンドでPKを獲得した瞬間から、MF本田圭佑(CSKAモスクワ)はボールを抱えたまま離さなかった。 オレが蹴る。オレに任せろ。絶対に決めてみせる。無言のメッセージがチームメートたちにも伝わる。 ペナルティースポットにボールをセットしながら、背番号4は呼吸を整えていた。後に、その時の心境をこう述懐している。 「真ん中に蹴って捕られたらしゃあない」。緊張が極限に達するような場面で開き直った。 本田の強靭なメンタル所以。左足から放たれた強烈な弾道が、ゴール中央を撃ち抜く。再三にわたる好守でオーストラリアのゴールに鍵をかけ、この場面では一か八かで右に飛んだGKマーク・シュウォーツァーもなす術がなかった。 本田のコンディションは決して万全ではなかった。右太ももを痛めて戦列を離れ、1日に行われたロシアカップ決勝で20日ぶりに復帰を果たしたばかり。帰国はオーストラリア戦前日の3日。時差ぼけの影響もあったはずだが、360度から相手に狙われるトップ下で体を張り続けた。 誰もが救われた一撃。一番その気持ちを強く持ったのは、他ならぬアルベルト・ザッケローニ監督だったのかもしれない。采配ミスと評価されても仕方のない選手交代があった。 0対0のまま迎えた後半34分。指揮官が最初の交代のカードを切る。FW前田遼一(ジュビロ磐田)に代えてDF栗原勇蔵(横浜F・マリノス)を投入。今野泰幸(ガンバ大阪)をセンターバックから左サイドバックに回し、長友祐都(インテル)を左サイドバックから一列前に上げた。 その7分前。どうしても勝ち点3が欲しいオーストラリアは185cmのMFダリオ・ビドシッチを投入し、日本へのプレッシャーを強めてきた。ザッケローニ監督としては184cmの栗原と189cmの吉田麻也(サウサンプトン)のセンターバックコンビで、オーストラリアの高さに対抗する狙いがあった。 引き分けでもW杯出場が決まる。殘り時間を考えて、ザックは守りに入ったのである。 この時、選手のメンタルはどうだったのだろう。この時間帯ではまだ、引き分け狙いへの方向転換を考えていた選手はいなかったのではないか。むしろホームの大声援をバックに勝って決めるという意志の方が強かったように思う。指揮官と選手のビジョンのズレ……加えて、これはオーストラリア戦へ向けた練習で一度も試していない布陣だった。当然、選手たちの思考回路が混乱をきたす。