研究者が紐解く、前近代の日本社会が“トランスジェンダー”に与えた社会的役割
Trans-womanであり性社会文化史研究者の三橋順子さんが明治大学文学部で12年にわたって担当する「ジェンダー論」講義は、毎年300人以上の学生が受講する人気授業になっています。その講義録をもとにした『これからの時代を生き抜くためのジェンダー&セクシュアリティ論入門』が刊行されました。 それを記念して、同じ「これからの時代を生き抜くための"入門"」シリーズの前巻である『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』著者の文化人類学者の奥野克巳さんとの対談がジュンク堂書店池袋本店にて行われました。 ジェンダー&セクシュアリティ論と文化人類学はどのように響き合うのか。今回は、その内容の一部抜粋してご紹介します。 後編となる今回は、5つのジェンダーを持つ社会、シャーマンとトランスジェンダーの関係性、そして最後は日本の現状でトークは帰結を迎えます。(構成:斎藤岬)
5つのジェンダーがあると言われるインドネシア・ブギス社会
【奥野】インドの社会はやはり男女二元論がものすごく強いんだと思います。ヒジュラは男性が去勢するんですね。それによって女神に祝福される。そのことで、たとえば子どもが生まれたときに祝福する役割を担ってきた。 ヒジュラはインドの男女二元論の強い伝統の中で培われてきたものであり、さきほど三橋さんがおっしゃったようなもう少し古層の、古い人類のやり方とはやや異なるのかなと思います。 【三橋】インドの特に北部などでは家畜の遊牧に伴う去勢文化があります。これは推論ですが、その技術が人間に適応されて、もともとあった去勢を伴わないサードジェンダー的、あるいは両性具有的な概念と重なり合ったのではないでしょうか。 去勢とジェンダー移行の文化が重なっているのは意外とヒジュラだけですよね。中国王朝やビザンツ帝国、オスマン・トルコ帝国などの宦官は去勢はするけれど必ずしも女性へのジェンダー移行はしません。身体はやや女性的になっても基本的には男性ジェンダーのままです。 奥野さんを前にして私が言うのも変ですが、今見えている文化というのは多層的に重なったものなんでしょうね。より普遍的でベーシックな文化はどんなものか考えると、南太平洋諸島などはそれがわりと残っているのかなと考えています。 【奥野】もう一方の極にあるのがインドネシア・スラウェシ島のブギスだと思います。ブギス社会では5つのジェンダーがあるといわれているんですね。 第3のジェンダーであるチャラバイは去勢が必要なく、結婚に関するビジネスのネットワークを持っています。そのビジネスに加わるために男が「チャラバイになろう」と思ったらその日からなれます。逆に、やめたいときにやめることもできる。ジェンダー固定がないようなんです。 【三橋】流動的といえば聞こえはいいけれど、けっこう商業的だしご都合主義的ですよね。だけどそれを社会が認めているというところがポイントだと思います。