“甲子園優勝校”、“クルド人”…相次ぐ「ヘイトスピーチ」を法律で規制するのはありか?
条例で刑罰を科す場合の問題点
大阪市と相模原市のヘイトスピーチ条例には刑罰が定められていない。一方、川崎市のヘイトスピーチ条例には刑罰の定めが置かれている。 松村弁護士:「まず、処罰の要件については、それなりに限定された表現行為に絞り込む必要があります。 川崎市の条例は『本邦外出身者に対する不当な差別的言動』について、一定の要件の下で処罰の対象としています。 具体的には、禁止の対象とする行為を以下の3つに限定しています。 『(1)その居住する地域から退去させることを煽動(せんどう)し、又は告知するもの』 『(2)生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加えることを扇動し、又は告知するもの』 『(3)人以外のものにたとえるなど、著しく侮辱するもの』 ヘイトスピーチを定義するのには限界があり、これ以上の限定は難しいかもしれません」 それを補う上で重要なのが、「手続き面での保障」だという。 松村弁護士:「ヘイトスピーチと認定された表現行為等に対しては、まず『勧告』が行われ(13条)、それに従わなければ『命令』が発せられます(14条)。 それでも従わなければ『氏名公表』等(15条)と50万円以下の罰金刑罰が科せられます(23条)。団体の場合は個人に加え団体も処罰されます(24条)。 『勧告』『命令』『氏名公表』については、5人以内の学識経験者で組織される『差別防止対策等審査会』の意見を聞かなければなりません。 刑罰を科する前提として『勧告』『命令』の2段階の手続きがおかれ、諮問機関からの意見聴取が要求されていることからすれば、もし訴訟になったとしても、手続き面での保障は担保されていると判断される余地があります。 他方で、刑罰は、懲役等の身柄拘束ではなく罰金にとどまるものの、表現の自由の重要性に照らせば、違憲とされる可能性も否定できません」
ヘイトスピーチを峻別し規制することの難しさ
また、松村弁護士は、運用によっては、正当な表現の自由が侵害されるおそれが完全には排除できないリスクがあると指摘する。 松村弁護士:「特に、最初の『勧告』が重要です。 『勧告』の法的性質は行政指導、くだけた言い方をすれば『単なるお願い』にとどまるものと考えられています。 しかし、いったん『勧告』が行われた場合、従わなければ『警告』、『氏名公表』と『刑罰』と手続きが進むことになります。『勧告』は、実際には強力な制約になり得るのに、訴訟で争う手段がありません。わが国の訴訟制度上、『行政指導』を争うことは原則として認められていないのです。 したがって、最初の『勧告』の手続きがルーズだと、かえって人権侵害の程度が強くなってしまうおそれがあります」 ヘイトスピーチが悲惨な事態を招くことは歴史が証明している。わが国でも、関東大震災の際に、「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などの悪質なデマを信じた人々によって多くの朝鮮人が虐殺された負の歴史がある。ヘイトスピーチの多くは正当な言論活動を装っており、だからこそ悪質であるともいえる。 ヘイトスピーチは社会自体を壊す危険をはらむものであり、市民社会の責務として断じて許容してはならない。だからこそ、政府や法務省もヘイトスピーチの撲滅を訴えて広報活動に力を入れている。また、ヘイトスピーチに対する法的規制を求める声も根強い。 他方で、法的規制を行おうとする場合には、規制の内容・程度や公権力側による運用の方法によって、本来保護されるべき表現活動の自由の保障が危うくなるリスクがあることも、意識されなければならない。 法的規制を行うことの是非についていずれの立場をとるにしても、健全な社会を構築していくうえで、ヘイトスピーチを峻別し、排斥していくための有効な手立てを考えることはきわめて重要だといえる。
弁護士JP編集部