“甲子園優勝校”、“クルド人”…相次ぐ「ヘイトスピーチ」を法律で規制するのはありか?
ヘイトスピーチにより正当な「表現の自由」が制約されるリスク
松村弁護士は、ヘイトスピーチの法規制が行われた場合、それを口実として、真に正当な表現行為が制約されてしまう危険性があるという。 松村弁護士:「ヘイトスピーチを正当な表現行為と厳密に区別することは、実はかなり難しいのです。 昨今の『甲子園優勝校』や『クルド人』に対する、誰が見てもあからさまなヘイトスピーチのみを処罰の対象とできるなら、問題はないかもしれません。 問題は、規制のあり方によっては、本来保護されるべき表現行為までもが規制対象とされてしまうおそれがあることです。 それが顕著なのは、特に国際問題や外交問題に関する表現活動です。 たとえば、すぐに思いつくだけでも、『米軍基地問題』や『北朝鮮による拉致問題』、『ロシアによるウクライナ侵攻』、『パレスチナ問題』、『竹島や尖閣諸島の領有権問題』、『中国軍機による領空侵犯』といった問題があります。 もし、それらの問題を訴えるデモに、ヘイトスピーチを行う参加者が一部紛れ込んでいた場合、その者の行為がことさらに取り上げられ、デモ全体が違法とされてしまうおそれがないとはいえません。処罰の対象をヘイトスピーチを行った『扇動者』や『指導者』のみに限るなどの絞りが必要だと考えられます。 また、公権力の側で規制を恣意的に解釈適用し、正当な表現活動に対しヘイトスピーチとのレッテルを貼って取り締まる危険性も考えられます。 不当な規制を受けた場合、権利救済を求めて裁判所に訴える方法があります。しかし、判決が出るまで待っていたのでは遅いことが多いのです。社会問題についての表現行為は、リアルタイムで行うからこそ意味を持ちます」
ヘイトスピーチ規制はどこまで許容されるか?
では、ヘイトスピーチ規制はどこまで許容されるか。 現在、ヘイトスピーチを直接規制する法律はない。しかし、地方レベルでは、大阪市、川崎市、相模原市等が条例を制定し、ヘイトスピーチ規制に乗り出している。 このうち、大阪市のヘイトスピーチ条例については、行政訴訟で争われ、最高裁が条例を「合憲」と判示した(最高裁令和4年(2022年)2月15日判決)。 ただし、最高裁は条例が合憲である理由として以下を挙げている。 ・対象が過激で悪質性の高い差別的言動を伴うものに限られる ・制限の態様・程度が事後的な「拡散防止措置」(看板・掲示物等の撤去、インターネット上の表現の削除の要請等)等にとどまる ・拡散防止措置に応じなかった場合の制裁(刑罰等)がない ・表現行為をした者の氏名等の公表が定められているが、氏名等を特定するための法的強制力を伴う手段がない 特に、刑罰等の制裁がないことが挙げられている点が注目される。この判示によれば、条例で刑罰を科している場合には、違憲とされる可能性も考えられるだろう。