「カラーズ」展(ポーラ美術館)開幕レポート。印象派からリヒター、草間彌生まで、「色彩の美術史」と美術家たちの探究を辿る
科学的に分析された色彩と、感覚的な色彩の追求
20世紀初頭の芸術家たちにとって、19世紀に科学的に分析された色彩と、感情的に訴える感覚的な色彩の関係は重要なテーマだった。アンリ・マティスやモーリス・ド・ヴラマンクらフォーヴィスムの画家たちは、理論や対象の持つ固有色にとらわれず、自身の感覚にもとづいた色彩を表現するようになる。 「感覚と論理」のセクションでは、彼らの作品に加え、ロベール・ドローネーによる色鮮やかな抽象画や、色彩と形の要素の計算された組み合わせで独自の抽象絵画を確立したワシリー・カンディンスキーの作品も展示している。 「色彩のフォルム」ではマティスとピエール・ボナールを取り上げる。 生涯にわたって身近な主題を取り上げたボナールは、自身の目をとらえた「最初のヴィジョン」を描き出すことを追究した。《浴槽、ブルーのハーモニー》(1917頃)は、画家が最初にこの風景を目にしたときの記憶を呼び起こすかのような青いトーンに包まれている。マティスの《リュート》(1943)は、描かれた部屋全体を覆う鮮やかな赤が強い印象を放つ。 絵具を重ねた絵画には私たちの目に見えていない色も描かれている。「隠された色彩」のセクションでは、パブロ・ピカソとレオナール・フジタ(藤田嗣治)の作品を通して、最新技術で発見された色に光を当てる。 ピカソの「青の時代」の作品である《海辺の母子像》(1902)は、青の濃淡で表現された母子の姿が描かれているが、最新の分析技術によって、下層に鮮やかな色彩が施されていることが判明。「乳白色の下地」で知られるフジタの同時代の作品《ベッドの上の裸婦と犬》(1921)は、肌の質感の表現のため、紫外線のもとで青、緑、赤に蛍光発光する顔料を使い分けた制作プロセスが明らかになっている。
戦後アメリカの抽象表現
アクリル絵具などの新しい絵具の開発は芸術家たちを新たな技法の追求へ駆り立てた。続くセクションの「重なりとにじみ――形のない色」「色彩の共鳴」「アド・ラインハート」では、主に戦後アメリカの抽象表現を紹介。 ここでは、下塗りをしていないカンヴァスに絵具を染み込ませることで絵具の画面上の物質性をなくし、色彩そのものの表現を現前させる「ステイニング」の手法を用いたヘレン・フランケンサーラーや、ケネス・ノーランド、モーリス・ルイスといったカラーフィールド・ペインティングの作家の大型絵画をはじめ、一見、黒一色の画面のようで近づいて見ると色調の異なるいくつかの四角に区切られていることがわかるアド・ラインハートの「タイムレス・ペインティング」、さらにはゲルハルト・リヒターの「アブストラクト・ペインティング」や「ストリップ」シリーズなどの作品がずらりと揃う。 第1会場最後の展示室では「色彩と空間」と題し、本展で初公開となる新収蔵作品としてダン・フレイヴィンやドナルド・ジャッドらの立体作品を展示している。 会場にはフレイヴィンの蛍光灯の作品《無題(ドナに)5a》(1971)に照らされた空間が登場し、絵具ではなく、光による色彩表現を体感することができる。また編み物の編み目のように薄いグラデーションのストロークがグリッド状に織り重なるベルナール・フリズの絵画も新収蔵作品。さらにジャッドと親交を持ち、1960年代アメリカのミニマルアートの先駆者のひとりであった桑山忠明によるメタリックなペイントを施された作品群が、ジャッドの作品と共鳴するように静謐に並ぶ。