武道館を埋め尽くす中国人たち――華流ポップスターはなぜ「東京」を目指すのか
1964年に完成して以来、66年のビートルズの公演を皮切りに、音楽イベントも多数開催される日本武道館。近年、この武道館での公演を目指す華人系のアーティストが増えている。 会場を埋めるのはほとんどが中華系、主に中国大陸からの観客である。日本在住の中国系の人々も少なくないが、コンサートの日程に合わせてはるばる中国内地から海を越えてやって来る客が多いのだ。 2023年10月3日には台湾ポップスの重鎮、李宗盛 (ジョナサン・リー。66歳) 、2024年5月には張惠妹(アーメイ。52歳)、10月には香港出身の周華健(ワーキン・チャウ。63歳)と、華人ポップスターによる武道館公演が続いている。相次ぐ華人アーティストの武道館公演はどんなトレンドを示しているのか、分析してみる。
コロナ後の円安で東京が身近に
李宗盛が武道館で公演すると聞いた時は、少し首を傾げた。「中華圏では誰もが知る存在だが、北京語で歌う彼は日本でそれほど知名度はないはず。果たして成功するのだろうか」という疑問だ。 しかし、SNSでコンサートの動画を見る限り、客席はびっしりと埋まっていた。日本人シンガーのASKA(CHAGE and ASKA)がゲストで呼ばれていたため日本語通訳も入っていたのだが、李は客席に向かってほとんど北京語で話しかけ、客席は通訳を待たずに歓声や笑い声を返していた。つまり、元々これは日本人に向けてのコンサートではなく、中国語を理解する華人ファンに向けての公演であることが分かる。ほとんどの客は日本に住む中国人か、中国大陸からやってきたファンということだ。 李に続いて武道館公演を成功させた張惠妹(2回公演)、周華健(1回公演)は、どちらも台湾芸能界では大御所と言える存在だ。 ほかにも大規模なところでは、今年4月に周杰倫(ジェイ・チョウ。45歳。2000年デビューで中華圏音楽シーンのキング的存在)がKアリーナ横浜で「カーニバル・ワールドツアー」を、10~11月には若手の林宥嘉(ヨガ・リン。37歳。デビューは2008年)による東京ドームシティホール、グランキューブ大阪での公演が開催された。 周杰倫のコンサート会場では、中国各省のファンクラブの横断幕を掲げるなど、東京まではるばるやって来たことをアピールする中国人のファンたちの姿もあった。 華流ポップスが日本へ押し寄せる波をどう考えたらいいのか。 まずはコロナ禍後に海外への往来が自由になったことと、為替が大幅な円安に振れたことが大きく影響しているようだ。大型のコンサート会場がこれまでよりも安価にレンタルできるようになり、主催者側にとっては利益が出しやすいビジネスモデルとなった。華人アーティストたちのコンサートチケット料金はおおむね1万~3万円に設定されているが、中間層以上の中国人から見れば円安のため割安感があることに加え、公演を楽しむついでに日本で観光や買物などに興じることができる。 そもそも中国人の立場になって考えれば、広い中国の各地で開催されるコンサートは、ファンにとってはどこも遠く感じる。上海から東京を直線距離で結ぶと約1800キロだが、これは北京―広州間の距離とほぼ変わらない。中国国内の公演チケットを物色するより、いっそのこと東京公演のチケットを入手して観光もしていこう、という話になる。人口も多い中国では、そういう消費を選択できる層も確実に存在しているわけだ。