武道館を埋め尽くす中国人たち――華流ポップスターはなぜ「東京」を目指すのか
「出稼ぎ」から「海外巡業」へ
しかし、2000年代以降は音楽CDの販売が頭打ちになり、アーティストたちは、ライブや公演などの活動で収益を確保するビジネスモデルに頼らざるを得ない時代に突入した。台湾でもそんな背景から、最近はバンドなどグループでライブ活動をするアーティストが主流になっている。すでに武道館公演を3回(2015年、2017年、2018年)果たした五月天(メイデイ)を始め、今年10月から11月にかけて、告五人、生祥楽隊といった台湾人グループがライブハウスなどで日本公演を果たしている。 一方で、中国ではオーディション番組を通してローカルの新人シンガーが発掘されたりしている。こうした番組では台湾のベテランアーティストたちが審査員として活躍することも多い。台湾からの「出稼ぎ組」がローカルアーティストへバトンタッチをしていく過渡期なのだろう。 さらに、先に紹介した周杰倫のコンサートを仕掛けているプロモーターがシンガポール系であることでも分かるように、中華圏のエンタテインメント業界はよりグローバルになっている。その世界戦略は、マーケットを確実に見極めた上で、したたかにグローバルな興業に打って出ることだ。これもチャイナタウンが世界各地に点在しており、それぞれに大きなマーケットが形成されている中華圏のポテンシャルがあるからこその展開だ。 こうした時代の変化が、これまでの「出稼ぎ」モデルから「海外巡業」モデルへの転換を促している。
いまのところはウィンウィンの関係
東京を中心とする日本を公演会場に選ぶ華人プロモーターは、日本人の想像を超える先見性を持っているかもしれない。例えば今後、激化する中国と台湾の政治・イデオロギー問題にアーティストが巻き込まれそうな場合は、日本で公演することでリスクを回避する狙いもあるだろう。生涯を通じて中国との距離を取り続けていた台湾出身の歌手テレサ・テンにとって、生前、日本という地が最高のステージになっていたように。 今のところ、台湾人アーティストと華人プロモーターはおおかたウィンウィンの関係にあるので、それほど摩擦が起こることはない。日本で公演をする場合には、日本の会社が華人プロモーターから会場の確保などを請負うという形で関わることが多いが、日本側としても中国人が武道館を埋めてくれ、公演ついでに観光で金を落としてくれる、というメリットがある。このビジネスモデルが定着すれば、今後も中華圏の人気シンガーたちの公演を日本各地で開くことが定番となっていくだろう。 日本における華人たちの躍動は、「ガチ中華」に代表される中華料理店進出だけには止まらず、トータルなエンターテイメントの世界にも浸透していきそうだ。
広橋賢蔵