「自ら」を保つために「他」を犠牲にする…人類がほかの集団より優位に立つために見い出した「協力」のための取捨選択とは
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第29回 『人間の社会性は明らかに「不自然」…人間だけが何万年間も大規模な“協調関係”を形成できた「衝撃のワケ」』より続く
遺伝子の「流れ」で選択が弱まった
自然選択は、進化を競い合う単位間の違いが十分に大きい場合にのみ、その力を発揮する。2つのグループの差が小さければ小さいほど、片方の集団の相手集団に対する優位性も小さくなる。 しかし遺伝子調査によると、人間集団間の移動の流れと、移動に伴う遺伝子の交換はとても強かったようだ。移民としての流入や流出、奴隷化、婚姻などが移動の引き金となった。そのような遺伝子の「流れ」により、集団の一貫性が損なわれ、選択が弱まった。 集団の遺伝的な完全性がどうにか保たれた場合でも、協力的な個体で構成される集団が優先して選択されるのは、利他主義者をほかの利他主義者とのグループにまとめるメカニズムが存在する場合だけだった。 しかし、そのようなグループ化フィルターがどのような仕組みをしていたのかは、わからない。血縁選択の場合は、家族構成や親子間の心のつながりを通じて、互いの親密さが保たれる。では、そうした家族の絆が存在しない関係では、何が団結を生むのだろうか。