希望退職の“キラキラネーム化”──黒字なのに人員整理に向かう企業の「ある事情」
「社長が一番先に辞めろ」の誤解
どこかの会社が希望退職を募集するというニュースが流れると、ネット上には「社長が真っ先に辞めろ」というコメントが殺到しがちです。この主張は必ずしも正論とはいえません。 まず、常に定年までの雇用責任を求めることは、企業に対する一種の買いかぶりです。株式会社は本来、多数の株主の間でリスクを分担することによって、リスクが高い事業に挑むための方便にすぎません。働く人を雇うことは利益を得るための手段に過ぎず、目的ではありません。 ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンは、企業の唯一の社会的責任は株主の利益を最大化することであり、企業が社会的、道徳的、慈善的な活動に従事することは、本質的に企業の役割を逸脱するものだと言っています。 批判するつもりはありませんが、日本でもメガバンクがタックスヘイブンに子会社を作って租税回避を行っています。この事実をみても、フルードマンの説が正鵠を得ていることが分かります。そのような企業に、利益よりも雇用を優先することを期待するのは幻想です。 私たちは一部の経営者が文化人のように扱われ、経営の分野を超えて人生論を語るのを聞きすぎてしまい、いつの間にか企業を非営利法人と勘違いするようになったのではないでしょうか。
定年まで勤められない時代をどう生きるか
産業の変遷は今後いっそう加速し、希望退職の対象者になる可能性も大きくなることでしょう。その中で私たちはどういう戦略を取るべきなのでしょうか。 一つはSTEM(科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学)です。アンドリュー・スコットとリンダ・グラットンによると、米GoogleのトップマネージャーたちはSTEMの強力なスキルの持ち主です(『ライフシフト2 100年時代の行動戦略』(2021年東洋経済新報社)。 もっともSTEMとて過信は禁物です。コンピュータ科学の学位取得者の失業率は他の分野より高いというデータもあります。Googleのトップマネージャーで特に大きな成果を上げている人々は、STEMのスキルだけでなく、優れたコーチング能力や、聞き上手であるといった人間的なスキルも持っています。 注意すべきは、大企業が希望退職募集を行っているという理由だけで、短絡的にその企業を就職先の候補リストから外すべきではないということです。 大企業を辞めて中小企業に転職したら、賃金は相当な確率で減少します。その代わり、大企業は希望退職に応募した人には、定年まで勤めた場合と同程度の割増退職金を支給します。つまり、定年まで勤めても希望退職に応募しても(現役中に手を付けなければ)、老後資金は同じです。このような措置を、辞めた時期から定年までの橋渡しをするという意味で「退職ブリッジ」といいます。 また、希望退職では専門の再就職あっせん業者によるサービスも提供されます。これによって、個人で再就職を探す場合よりも、高い賃金を得る確率が上がります。 これらのことを考慮すると、少なくとも金銭面では、希望退職に応じることによって失う利益は、想像しているほど大きくないといえます。大企業に就職して、仮に50歳で希望退職募集に応じたとしても、初めから低賃金企業に就職するより、生涯賃金は相当大きくなるはずです。 「寄らば大樹の陰」は今なお有効な選択と言えます。
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