もしも音楽が禁止されたなら わたしたちはそれでも曲を奏で続けるのだろうか?
閉ざされた空間で演奏を
カンボジアが音楽遺産の再興に取り組む一方で、芸術表現と政府規制の間でバランスを模索し続けている国もある。 1960年代から1970年代のサウジアラビアは、芸術を積極的に振興していた。ところが1979年に伝道師率いる武装集団「al-Jamaa al-Salafiya al-Muhtasiba(アル=ジャマーア・アル=サラフィーヤ・アル=ムフタシバ)」による メッカのグランドモスク占拠事件が起き、事態は大きく変わる。事件後まもなく、サウジ政府は保守的姿勢を強め、映画館の閉鎖や公共の場での音楽演奏の禁止を決めた。 こうした動きを受け、サウジアラビアのジェッダ出身で44歳のエマド・アシュール氏は、人目に付かないような形で音楽への情熱を追い求めることになった、という。メタリカやキッスなど西洋のバンドに影響を受けた彼は、独学でギターを習得し、その後2005年にヘビーメタルバンドImmortal Pain(イモータル・ペイン)を結成した。「当時はインターネットがなかったので、まずは独学で始めて、何度かレッスンを受けたり本で勉強したりしました」 アシュール氏のヘビメタバンドはアンダーグラウンドを活動の場とし、正式な認可が得られないため、プライベートな場所でしか演奏できなかった。 2015年に新国王が即位し、新しい時代が幕を開ける。サウジアラビアは脱石油依存に向け、経済の多様化に取り組み、急速に変化していった。 2017年、リヤドでは25年ぶりにライブコンサート が開かれた。ほどなくして、ユネスコ世界遺産ディルイーヤの近くで、2万人を収容できるスポーツ・エンターテインメント・アリーナの建設が始まった。米国のラッパーであるポスト・マローンをはじめとする世界的アーティストの公演、男女が隔たりなく一緒に踊る4日間のイベント「Soundstorm(サウンドストーム)」という音楽フェスティバルが開催され、話題を呼んだ。 2021年、ジェッダで開催された大型イベント「Comic Con Arabia(コミコン・アラビア)」において、 イモータル・ペインは公共の場で演奏する初のヘビメタバンドになった。「怖さはまったくありませんでした」とアシュール氏は振り返る。「自分たちの音楽がついに日の目を見たことに興奮しました」 このコンサート以降、 メタリカ 、そしてサウジアラビアで生まれたメンバー全員が女性のサイケデリック・ロック・バンドSeera(シーラ)など、ほかのヘビメタバンドの公演もリヤドで開催された。 「容易に開催できるようになった今の時代がちょっとうらやましい」とアシュール氏は語る。「でも、90年代、(アンダーグラウンドの)演奏場所を求めて苦労してきたことは誇りに思っています。面白かったですよ」