大相撲名古屋場所展望 ―愛知県体育館最後の大相撲
◾️世界基準への対応
建設中の新体育館は「IGアリーナ」として誕生する。命名権は本社をロンドンに置き、国際的に金融サービスを展開するIGグループと契約を締結。使用期間は2035年までとなった。契約額は非公表だが、運営会社によると、アジア最大級の命名権料という。 現存の体育館と同じく名城公園内に出来上がる新しい施設はスポーツの他、コンサートなどのエンターテインメントも軸とした〝世界基準のアリーナ〟をうたっている。地上5階建てで、最大収容人数は1万7千人。天井の高さは30m以上もあり、さまざまな大規模イベントにも対応可能になる。加えて40部屋のスイートルームやプレミアムラウンジを完備して観戦者へのホスピタリティーを十分に意識しており、グローバル仕様の表現がふさわしい構造となりそうだ。 来年7月開業の画期的な新体育館。晴れて最初のイベントとなるのが、来年の大相撲名古屋場所だ。開催時の収容人数は約1万2千人を想定し、東京・両国国技館を上回るキャパシティーになる見通し。角界関係者によると、アリーナの広さゆえに早くから升席の組み方を検討。また、生活スタイルの変化に合わせるように、いす席をこれまで以上に充実させる案もあるという。 愛知県体育館の裏手ではかつて、鶏めし弁当がつくられていた。若手力士をはじめとする相撲関係者にはその場で、安価で鶏めしが振る舞われていた。暑い中、鶏肉の乗ったどんぶりごはんを屋外でかき込む姿は、一種の風物詩だった。浅香山親方も「若いときに食べたけど、おいしかった。懐かしい」と語る。建物周辺の雰囲気を含めてどこか牧歌的な空気も漂っていた体育館から、来年は最先端の情報通信技術(ICT)も活用するアリーナへと変貌。時代とともに舞台が変化していくのも、長い伝統を誇る大相撲興行ならではといえる。
◾️最前線で見る券売の傾向
今場所の土俵で特に注目を集めそうなのが、新関脇大の里。5月の夏場所で小結の地位で初優勝した日体大出身の大器は、成績次第で早くも大関昇進の声が出てくる可能性がある。学生相撲出身が隆盛の昨今、〝中卒たたき上げ〟で新小結に昇進した平戸海の奮闘も楽しみ。一方、2場所連続休場中の横綱照ノ富士が出場を決断した。王手をかけている10度目の制覇へ並々ならぬ意欲を持っており、序盤が鍵になりそうだ。大関から関脇に転落した霧島や、かど番の大関貴景勝は意地を発揮できるか。けがで番付を落としていた関脇経験者の若隆景が再入幕を果たすなど、見どころに事欠かない。 群雄割拠の中、外国人観光客の姿も目立つ本場所では、チケット売れ行きの好調さが続いている。名古屋場所も前売りで完売。あるチケット担当の親方によると、国内向け販売が以前よりも伸びているという。現在の傾向について次のように分析した。「インバウンド(訪日客)の影響がすごいと言われているが、実際には国内のお客さん向けの反応が以前よりも良くなっている。春場所で新入幕の尊富士、夏場所で大の里が初優勝したように、活躍する若手が次々に出てきていることが影響していると思う。ひいき力士を応援するというより、相撲全体を応援しているようなイメージ」。券売の最前線にいるゆえの手応えをにじませた。 9月の秋場所も盛況が予想され、チケット担当者は名古屋入りする前の6月中に準備を済ませる必要があった。そのため、本場所のない月でも土曜日に出勤して仕事をすることもあったが、担当の親方は「お客さんのためだから」と興行を支えることに気概を示す。そして主役は、いつの時代も力士たち。土俵でファンの胸を焦がすような取組を展開していけば、ドルフィンズアリーナでの闘いのフィナーレを飾るとともに、盛り上がり継続への次なるステップとなる。
高村収