最低賃金上がっても「年収の壁」で働き控え加速 現場の人手不足を助長、企業対応迫られる
一定の収入を超えると社会保険料の負担が生じ、逆に手取りが減る「年収の壁」問題の影響が広がっている。静岡県内は最低賃金が1034円に引き上げられ、待遇改善の流れにある一方、パート従業員らの間では配偶者の扶養内にとどまろうと働く時間を抑える動きが加速。労働現場の人手不足を助長し、企業側が対応を迫られる事態となっている。 社会保険の加入は、労働者側に将来の年金額が増えたり、出産や疾病時に手当を受け取れたりする利点がある。ただ、目先の手取りが減ることに抵抗感を抱く人は少なくなく、「“働き損”になるとの認識が広がりやすい」との懸念が聞かれる。 「離職予防で時給を上げたが、『壁』があるので働いてもらえない」-。県中部にあるスーパーの幹部は人繰りに悩む現状を嘆く。従業員51人以上の企業で月収8万8千円以上かつ週20時間以上の労働などの条件に該当する労働者は、厚生年金と健康保険の加入対象者になる。いわゆる「106万円の壁」と呼ばれ、人によっては手取り収入が約15%減るという。 同社ではパート従業員の半数以上が配偶者の扶養適用を希望した。不足した労働力は急きょ採用を増やして補充したが、雇用者数が増えると人件費は膨らみ、収益を圧迫し続けている。 時給上昇に伴い、週20時間から17時間にシフトを減らした子育て中の40代女性(静岡市駿河区)は「職場に申し訳ないが、保険加入で収入が減るくらいなら扶養内に収まりたい」と吐露する。 野村総研(東京)が9月に公表した全国調査では、配偶者のいるパート女性の6割超が年収の壁を意識して就業調整した。うち約7割が「時給上昇を機にさらなる就業調整をしている・検討している」とし、同総研は「経済成長の抑制につながっている可能性がある」と指摘した。社会保険労務士の横沢肇さん(静岡市清水区)は現行制度を「正社員の夫と専業主婦の妻という過去の価値観で作られている」とし、「共働き世帯が専業主婦世帯を上回っている現在の労働環境に即した制度設計が必要」と訴える。 厚生労働省は2023年10月から「年収の壁・支援強化パッケージ」と銘打ち、短時間労働者が年収を気にせず働くことができる環境作りに着手した。「106万円の壁」に対しては、社会保険適用手当など労働者の収入を増加させる取り組みを行った事業主に、労働者1人当たり3年間で最大50万円を支援する「キャリアアップ助成金コース」を新設。県内は24年8月末時点で252件の計画届が提出された。 衆院選で候補者たちは労働現場の人手不足解消や労働者の待遇改善を訴える。そうした中で「年収の壁」問題をどう解決していくのか、具体策の提示が求められている。 <メモ>「年収の壁」には、社会保険、税、配偶者手当の三つの壁がある。年収100万円を超えると住民税の支払い対象となり、103万円以上は所得税発生に加え、配偶者特別控除の適用範囲にもなる。条件次第で社会保険の加入対象になる106万円以上と国民年金と国民健康保険の支払いが発生する130万円以上は、手取り収入が減少する可能性がある。社会保険適用基準は従業員51人以上の企業で▽週20時間以上勤務▽月収8万8000円以上(残業代など含まず)▽2カ月以上連続する勤務予定▽学生ではない-となっている。
静岡新聞社