呪物を使って人を呪い殺す…ホラー小説の大家・貴志祐介が描く「モダンホラー」の奥深い世界
作りこまれた呪物の数々
―アイテムの豊饒さに加え、呪物がそれぞれなぜ「呪われた存在」になったのか、背後にある悲劇的な、残虐な逸話も入念に作りこまれています。 以前、幽霊屋敷を題材にしたスティーヴン・キングの小説『ローズレッド』を読んだことがあります。作品は面白かったのですが、その屋敷がなぜ幽霊屋敷になったのか、明確にはわからないことに消化不良のような感触を覚えました。 オカルト、それも幽霊や怪奇現象がもたらす恐怖の根底には、それを生じさせる、人間自身の恐ろしさがあると思います。そうした恐ろしさを描くためにも、呪物の背景はじっくり作りこみました。 また、中国とも重なりますが、アメリカのホラーと比較した日本のホラーの強みのひとつは、「歴史」の厚みですね。日本のほうが国としての歴史はだいぶ長いので、悲劇的で残虐なエピソードにも事欠きません。 たとえば本作でも紹介していますが、戦国時代には織田信長が敵対する浅井長政らを討ち果たしたのち、その頭蓋骨を漆塗りにして金粉で装飾し、家臣たちに披露したという逸話があります。なかなかにおぞましいエピソードですが、そうした歴史上の話を組み込み、細部を膨らませることで、物語の厚みが増したのではないかと思います。 ―登場人物もバラエティに富んでいます。個人的には、亮太にさまざまな助言を与える霊能者の賀茂禮子と、白人の比丘尼である月晨に特に魅力を覚えました。 そのふたりの造形には特に力を入れました。禮子は初登場のシーンにて、その雰囲気を「邪悪な小鬼を思わせる」と書いているように、どこかあやしげな人物です。亮太には当初うさんくさく思われるものの、福森家の呪物の正体を次々に暴き、祖母の富士子からは信頼されている。 対照的に、月晨は若い白人の尼さんという、ビジュアルイメージとしては惹かれる存在ですね。かつ、善意の協力者として福森家の守りを引き受けますが、本当のことを言っていないようなところもある。 やがて両者は対立するわけですが、どちらが敵か味方か、見た目だけでは判断できない謎めいたキャラクターとなったのではないかと思います。