大東駿介、主演舞台「What If If Only ― もしも もしせめて」に懸ける思い
──今回は死別を経験された方をケアする、グリーフケアの専門家の方も稽古場にお呼びして「大事な人を亡くされた方の悲しみは、どういった状態なのか?」と詳しく説明を受けたそうですね。 「悲しみや痛みなど、心の傷について研究されている方は、たくさんいらっしゃって。その方たちの資料も交えて、さまざまなお話を伺いました。それまでは僕が体験したことの範疇(はんちゅう)で某氏の心情を受け取っていたんですけど、いろんな人のグリーフケアのお話を伺うことで、より某氏の悲しみを知ることができましたね」 ──浅野和之さんとは今作が舞台初共演になりますが、ご印象はいかがですか? 「尊敬しかないですね。浅野さんの素晴らしいところって、人としての思いやりや、好奇心と探究心がすごいところだと思います。素直に人と向き合う方だからこそ、全てのセリフや言動に説得力がある。何より、同じ作品に携われていることを幸せに感じさせてくれる俳優さんなので、自分も浅野さんのような人になりたいと思います。長年芝居をしている中で、“こうあるべきだ”と自分を定義づけて追い込んでいた時代もありましたけど、やっぱり人間やなって。この人と一緒に仕事したい、と思われる生き方じゃないと、真の意味で腹から湧き上がるすてきな芝居は生まれないんじゃないかなと、浅野さんを見ていて感じます。おぞましい俳優さんっていっぱいいるじゃないですか? エネルギーがあふれていて、驚異的な圧があって覇気を身にまとっているような。浅野さんってそれとは違う気がするんです。まるで、気持ちのいい日差しの中で揺れているカーテンみたいな人。『今日っていい日なんやな』と思わせてくれる、穏やかな風が吹いているような方ですね」
生きていれば“もしも、あの時”と考える場面に直面するし、だからこそ今をどう生きるべきかが見えてくる
──浅野さんが演じられる未来に対しては、どのように捉えていますか? 「未来って、某氏の映し鏡のような気がしていて。実は、この物語は一人称じゃないのかなと思っているんです。心の中の自問自答、自分との葛藤、進まなきゃいけないのは分かっているけど進めない某氏にとって、未来が発する言葉は恐ろしく厳しい。絶望のような言葉を投げかけられるけど、どこかに希望も感じる。それが浅野さんにフィットしているように思います」 ──未来は某氏の映し鏡にも思える、というのは僕も戯曲を読んで感じました。それと同時に、大東さんが中学生だった頃のエピソードとも重なる気がして。小学3年生の時に、ご両親が離婚したことでお父さまとは離れ離れになって、中学2、3年生になると、今度は大東さんを引き取ったお母さまも家に帰ってこなくなった。1人きりになって、次第に学校も通えなくなり、家に引きこもっていたそうですね。そんなある日、大東さんの家から叫び声が聞こえて、心配した近所の方が訪ねてこられた時、大東さんは鏡に映る自分に罵詈雑言を叫んでいたとか。 「うんうん、ありましたね。無意識に自己否定をする言葉を叫んでいました」 ──あの時代は、まさに“もしも もしせめて”を一番願っていたのかなと。 「そうかもしれないですね。生きていれば“もしも、あの時”と考える場面に直面するし、だからこそ今をどう生きるべきかが見えてくる。だから…子どもの頃の経験がなかったら、今の自分がいないなってつくづく思いますね。それを心の中から消し去ることもできたけど、僕はずっと向き合ってきた。それが今、当時の生い立ちを話すことで、どこかの誰かが『背中を押されました』と言ってくれる。自分はそんなつもりで言ったわけじゃないけど、意図せず誰かの背中を押すこともあるんだな、と知れたんです。あと、僕が俳優をやっている上で、子どもの頃の経験が大きな財産になっていて。取り返したい過去、取り戻せない過去が間違いなく今の後押しになっている。それは絶対に忘れたらあかんな、と思いますね」 ──ご自身の境遇をどのタイミングで受け入れられましたか? 「カッコ悪いなって思い始めたんですよね。親との問題を30代になってもいちいち傷だと言っていても、お前はいち個人やろっていう。『いつまで甘ったれたことを言ってんねん!』って、恥ずかしくなったんです。親から自分の存在を否定されたと思いながら子ども時代を過ごし、自分らしさや生きる意味を求めて上京した。それなのに、その痛みにいつまでも縋っているのは、結局自ら親に縛られているわけで。真の意味でそこから解放されるのは、その痛みを自分の財産に変えていくことじゃないかな、って思い始めましたね。でも、上京してしばらくは生い立ちの話を一切しなかったんですよ。自分の中で恥ずかしいことやと思っていたから。それを初めて打ち明けたのが、33歳の時。(笑福亭)鶴瓶さんとの仕事やったんです」 ──2019年にご出演された「A-Studio」(TBS系)ですね。 「笑福亭鶴瓶という人には、不思議と何でも話しちゃうんですよね。それ以降、どうでもよくなったんです。今日一日のオモロかったことを人に話すように、普通に言えるようになった。そこから本当の意味で解放されたんかなと思います。やっぱり今が豊かやし、学生時代に出会えなかった仲間にたくさん出会えたのが、自分の背中を押してくれたんですね。僕は僕らしく生きて、僕だけの仲間ができたって思えた。傷がどうこう言っているうちは、目の前にある恵まれている環境とか大切な人って見えていないんですよね。少なくとも僕はそうだった。『この人と出会えて、この人と一緒に仕事ができてうれしい』と素直に思えたら、過去のことは、どうでもよくなりました。だからこそ、今の環境が本当にありがたいですね」