一年ほどいたのに紫式部は「越前」の風物の歌を一つも残さず…『光る君へ』時代考証担当が指摘する<『万葉集』大伴家持と決定的に異なる点>
現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部を中心としてさまざまな人物が登場しますが、『光る君へ』の時代考証を務める倉本一宏・国際日本文化研究センター名誉教授いわく「『源氏物語』がなければ道長の栄華もなかった」とのこと。倉本先生の著書『紫式部と藤原道長』をもとに紫式部と藤原道長の生涯を辿ります。 【写真】福井県越前市にある「紫式部公園」 * * * * * * * ◆越前国府の日々 越前国府は、現越前市(旧武生市)国府に比定されている。 ここに総社(そうじゃ。国内の神社を国府近辺の一ヵ所に集めた神社)や国分寺(こくぶんじ)があり、国府関連遺跡の発掘調査も進められている。 国府に到着した一行(紫式部は父に従い越前に下向していた)を、初雪が出迎えた。 紫式部は、「暦に『初雪が降った』と書きつけた日」、都を懐かしむ歌を詠んだ。 ここにかく 日野の杉むら 埋む雪 小塩(をしほ)の松に 今日やまがへる (こちらでは、日野岳に群立つ杉をこんなに埋める雪が降っているが、都でも今日は小塩山の松に雪が入り乱れて降っているのだろうか) 紫式部が暦に日記を書き付けていたことに、まずは興味を惹かれる。 この「暦」が国司に頒布された具注暦(ぐちゅうれき)なのか、たんに日付を並べた自家製の仮名暦(かなごよみ)なのか、また紫式部は(男性貴族と同様の)和風漢文で「初雪降」と書きつけたのか、はたまた仮名で書いたのか、興味は尽きない。
◆あくまでも都 ただし、彼女の視点の先は、あくまでも都なのであった。 初雪の歌でも、実際に目にしている日野岳ではなく、都の小塩山(現京都市西京区大原野)が脳裡に浮かぶのであった。 皆が積もった雪(「いとむつかしき雪〈うっとうしくうんざりする雪〉」と記述している)を山のようにして国府の人々がそこに登り、紫式部を呼んだ際にも、 ふるさとに かへるの山の それならば 心やゆくと ゆきも見てまし (故郷の都へ帰るという名のあの鹿蒜<かえる>山の雪の山ならば、気が晴れるかと出かけて行って見もしましょうが) と答えるのであった。 なお、鹿蒜山は越前国敦賀郡にあった山で、ここを越えて敦賀湾東岸の杉津に到るのである。
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