ジャズの伝統を継ぎつつ「今の音楽」を作る ジュリアス・ロドリゲスが語る新世代の感性
最新アルバム『Evergreen』の音楽的挑戦
―新作『Evergreen』のコンセプトを教えてください。 ジュリアス:自分にとって楽しいと感じる音楽スタイルをさらに広げようとしたアルバムだよ。いわば僕の音楽を作り上げるDNAというか。なぜ『Evergreen』なのか? とよく尋ねられるんだけど、意味はあるんだ。”常緑樹(evergreen)”は年中、どんな季節でも葉が枯れることなく緑色でいる。僕の音楽もそうであってほしい。どんな楽器を演奏しようと、どんなスタイルで演奏しようと、僕であることには変わらない、それが僕のメッセージを伝える手段であり、アイデンティティなんだとね。 ―あなたの作曲の手法について聞かせてください。 ジュリアス:何か思いついたら……あるセクション、ある1フレーズだけってこともあるけど、それを携帯のボイスメモに録音する。それを300回くらいやったら1個ずつ聞き返す。そして「これはいいな」「心にひっかるな」「完成できるかも」と思えるものを探していく。そして曲として60%くらい出来上がったら、バンドに聞かせ、アドバイスをもらい、ジャムセッションで演奏していく。「これは新曲だよ」とギグで試してオーディエンスの反応を見ることもある。即興で演奏する中で「このメロディを、あの別の曲に入れたらいいかもしれない」と思いついたりもする。そんな風にいろんなことをやっているうちに、曲が曲を完成させてくれる。それが一つのやり方。 当然、他のやり方もあって、自分1人ですべての楽器を演奏してデモを作ったら、しばらく放っておいて、誰かに何かを加えてもらって曲になることもある。実際、『Evergreen』のネイト・マーセローと作った曲はそのやり方だった。フィーチャーされているのは1曲だけだけど、作曲ではネイトは何曲にも関わっているよ。ただ、2人である程度まで作ったけど、その先どうすればいいか、どう終わらせればいいかわからなかった。その場合は、あとはミュージシャンたちに即興で加えてもらったり、一緒にいろいろ試すうちに、曲が出来上がっていって、完成したんだ。 ―前作では基本的に、あなたは一曲の中でひとつの楽器だけを演奏していました。『Evergreen』では一曲の中でのいくつもの楽器を担当しています。どのようなプロセスで制作したんですか? ジュリアス:プロデューサーのティム・アンダーソンが持ってるノースハリウッドの小さなスタジオで、一つずつ楽器を演奏して、それを重ねていった。誰かにパートを演奏してもらいたいと思えば、連絡して演奏してもらい、自分で弾いたパートと入れ替えたりもした。でも「Many Times」「Fummi’s Groove」「Run To It」など何曲かは、ミュージシャンたちのいるNYのスタジオにフルバンドを入れて録音したんだ。何曲かはNYで録音して、LAでオーバーダブを録ったし、LAで終えた後にNYに持っていって必要な部分を加えた曲もあった。アルバムを通じて、LAとNY行ったり来たりの作業だったね。 ―先ほども言ってましたが「Around The World」ではドラマーが2人併用されています。他の曲ではドラムとプログラミングが併用されていたりもしますよね。『Evergreen』のリズム面でのこだわりについて聞かせてください。 ジュリアス:あくまでも曲に必要なリズムは何か、を考えた結果なんだ。曲によっては「これは絶対ドラムマシンだ」と思えた。たとえば「Mission Statement」はドラムマシンのリズムパターンが軸の曲だった。その周りにアコースティック・ピアノ、サックスとかを加えるうちに「もう少し人間らしさのあるリズムにするには?」と考え、ルーク(・タイタス)に入ってもらった。 「Around The World」ではブライアンの生み出すヴァイブ感と、ルークの生み出すヴァイブ感のどちらを使うべきかが、決められなかった。レコーディングでは、レコーディングでしか作り出せない体験を可能にするスタジオ技術があるわけだから、実験して、どうなるか見てみようとレイヤリング技法を使ってみたんだ。それによって曲が今の形になった。もしそうしなければ、全く違う曲になっていただろうね。 ―決めきれないから重ねてみたら良かったと。 ジュリアス:「Love Everlasting」はバンド・セッションが始まる曲の真ん中あたりまで、アコースティックドラムは入っていなかった。「どうすればもう少しだけドライブ感を加えられるかな」と思って、後からパーカッション的な音を入れてみたんだ。そんな風にどれも曲ごとに、その曲が必要としているもの、曲を完成させる上で必要なことをしただけなんだ。 ―『Evergreen』は多重録音で緻密に作られている曲が多い一方で、やはり即興演奏の比率も高いです。あなたの音楽における作曲と即興演奏の関係について聞かせてください。 ジュリアス:「優れた即興奏者の演奏は作曲された曲のように聴こえ、優れた作曲家の曲は即興的に聴こえるように書けている」って言葉がある。いつもそれが僕のゴールなんだ。即興で弾くピアノソロの所々に、シンセサイザーやオルガンを加えて強化できれは、それが理想なんだ。(即興で弾いた)ピアノソロの部分はすでに「書けている」ってこと。自分が即興演奏で目指したいと思うことをさらに押し進められるように、そこに別の要素を加えて、ピアノソロを「書く」ってこともやっているよ。 ―ところで、前作の「Blues At The Barn」ではイントロは音の悪い録音で、そこから一気に鮮明な音に切り変わるアイデアが面白かったです。新作の「Around The World」でもサックスとトランペットを左右に振り分けていたり。面白いアイディアが各所にあります。こういった録音やミックスにおける工夫もあなたの作曲の一部になっているのではないでしょうか? ジュリアス:もちろん。昔ながらの「4人、5人のミュージシャンがスタジオに入って録るだけ」じゃつまらないよね? その体験をより高めるために何ができるだろう?と考えているから。例えば、映画ならカメラが一つの部屋の一箇所だけをずっと映してるなんてことはない。カメラは動いて色々な場所を映せるからね。すると見る側も目を上に、下にと向け、一緒になってそこにいる感覚になる。僕はそういうことを音楽でやりたいんだよ。 ―2020年にリリースした「Butterfly」のカバーも面白いサウンドでした。ものすごい低音がいきなり入ってきたり……あの頃からすでにミックスやポストプロダクションに関心があったんですよね? ジュリアス:あれはSmallsでトリオでやってる時に、僕が「あの曲をやろう。ただし元々のファンク・グルーヴではなくて、スウィングするジャズスタイルでやってみよう」と言ってやり始めたんだ。ところがソロ・セクションになったら、突然、フリーなアバンギャルド風に形が変わっていった。後で録音を聴き返したらいい感じだったけど「ライブの一部」という風にしか聞こえないので、シンセのパートを加え、サブドロップやシンセパッド、ピアノのディストーションやディレイといったエフェクトによって、聴覚的イメージを膨らませ、即興性を衰退させたんだ。さっきも話したように、即興演奏後に計画を立てることで、その演奏が最初から計画されていたように聴こえさせたってこと。プロセスはなんであれ、他には経験できないユニークな体験を作り出したいんだ。 ライブの場でそれをやろうとしても無理だ。なぜならエンジニアには、僕が次に何を演奏するか予測できないからだ。でもこのやり方なら、スタジオの中でやっているのに、ただレコーディングをしているだけでは得られない(ライブ会場の)場の雰囲気や空気がそこに生まれるんだよ。 ―あなたは新しい音楽を自由に作っている一方で、さっきのSmallsでのジャムセッションの話のような、ジャズのトラディショナルな部分、ジャズのコミュニティとの繋がりにも意識的なように思えます。あなたのような新しい音楽を作っているアーティストにとって、ジャズはどんなインスピレーショになるのか、ジャズはどうあなたのクリエイティブに役に立つと思いますか? ジュリアス:ジャズは、コミュニティにとってのインスピレーションになりうると思うよ。しかも、他にはない形でね。新しい世代として登場し、今や絶大な人気を博しているジャズ・アクトたち、例えばカマシ・ワシントンやテラス・マーティン、ロバート・グラスパーらのライブに行って、音楽に惹かれて集まる人々を見ていると、彼らには共通の考え方や視点があるんだなと思わされる。人はそれぞれに違う意見を持っていたとしても、少なくとも音楽においては意見が一致している。音楽は健全なんだ。コミュニティにとっても役にたつ形で、音楽というカルチャーは人々を結びつける。今、世界は分断を引き起こすことだらけだ。そんな中で人々に希望を与え、彼らの人間性を守ることは、アーティストの義務だ。誠実な音楽は聴けばわかるし、人の心に触れるもの。ジャズが多くのファンを持ち続ける理由もそこだと僕は思う。そしてこれからも、心からの誠実な音楽として、互いに頼り合い、人がより良い人であり続けるためになるんだと思うよ。
Mitsutaka Nagira