ジャズの伝統を継ぎつつ「今の音楽」を作る ジュリアス・ロドリゲスが語る新世代の感性
ジュリアス・ロドリゲス(Julius Rodriguez)を初めて観たのは2020年のブルーノート東京。カッサ・オーバーオールの来日公演に同行していた彼は当時21歳ながら、ピアニストとしてハイレベルな演奏を聴かせるだけでなく、ライブの途中でカッサに替わりドラムまで演奏していた。しかも、その時点で配信されていたハービー・ハンコック「Buttefly」のカバーを聴いてみたら、作編曲や演奏だけでなくポストプロダクションまで行き届いた、聴いたことのないような再解釈だった。おまけにその頃、エイサップ・ロッキーのツアーに起用され、オニキス・コレクティヴにも参加するという万能ぶり。新たな才能の登場に胸が躍った。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 その後、ヴァ―ヴと契約し、2022年にデビュー・アルバム『Let Sound Tell All』を発表。僕がブルーノート東京で目撃した、ハイレベルなピアノとドラムの両方が収められているだけでなく、サマラ・ジョイ、ギブトン・ジェリン、モーガン・ジェリンとった若手の注目株が名を連ね、その中にジョン・バティステの片腕でもあるドラマーのジョー・セイラーや、シンガーソングライターのニック・ハキムまで参加し、これまでに聴いたことのない「ジャズ」が鳴っていた。 最近ではミシェル・ンデゲオチェロにも起用されるなど、各所で名前を見かけるようになったジュリアスが、最新アルバム『Evergreen』を発表した。前作ではアコースティックかつトラディショナルなジャズをベースにしていたが、新作ではキーボードやポストプロダクションも多用し、前作とは異なるエレクトリックなサウンドが軸になっている。そして、ここでは鍵盤とドラムだけでなく、ギターやエレクトリックベース、さらにはドラムプログラムも行なっている。多くの曲でLAの奇才ギタリスト、ネイト・マ―セローとの共同作業を行なっており、制作のプロセスも明らかに変化している。 25歳となったジュリアスは、自身の音楽を確立するための刺激的な試行錯誤をしながらも、同時に伝統的なジャズのカルチャーを重視する姿勢も崩してはいない。今回、話を聞いてみて、やはりジュリアスはこれまでにいなかった新しいタイプのジャズミュージシャンだと感じた。 * ―10代の時にはどんな音楽を聴いてました? ジュリアス:ちょうどジャズ以外の音楽を聴き始めた頃。ジェイムス・ブレイク、ドレイク、チャンス・ザ・ラッパー、リアン・ラ・ハヴァス、カマシ・ワシントン、オスカー・ピーターソン、アート・ブレイキーとか。 ―あなたの音楽からはゴスペルの要素もかなり聴こえます。教会で育ちましたか? ジュリアス:ああ、もちろん。父が助祭、母も教会の管財人だったので、生まれた時から毎週、日曜は教会に通ったし演奏もした。キーボードやオルガン、時にはドラムも。トラディショナルからコンテンポラリーまであらゆるゴスペル、言うなら、アフリカンアメリカ系ブラック・チャーチ・ミュージックだね。 ―その頃からピアノとドラムの両方を演奏していたんですね。ジャズにのめり込んだきっかけは? ジュリアス:聴き始めたのは6~7歳の頃。学校に音楽教育にとても熱心な先生がいたおかげで、デューク・エリントンを知ったんだ。父親がジャズが好きだったので、帰宅後に「学校でデューク・エリントンを教わったよ」と言ったら、CDを取り出してきてコルトレーン、モンク、ルイ・アームストロングを教えてくれた。インターネット世代の子供ならそうするように、そこからは自分で調べて行ったんだ。 ―インターネットで探し始めた頃、特に夢中になったジャズ・ミュージシャンは誰でしたか? ジュリアス:ライブを見た後とか、人から名前を聞いた後に検索することが多かった。チック・コリアにハマった時期があって、そこからスタンリー・クラーク、ジョージ・デューク……アート・ブレイキーにもかなりハマり、ありとあらゆる動画を見たんじゃないかな。ロイ・ヘインズ、アート・テイタム、エロル・ガーナーとかも。 ―特にリサーチしたピアニストがいたら教えてください。 ジュリアス:最初に自分1人で採譜したピアニストはデューク・エリントンだった。でもさっきも言ったように、チック・コリアにハマった時期があって、その時かなり採譜したよ。ビバップのボキャブラリー研究のために採譜したのは、バド・パウェルやソニー・クラーク。マッコイ・タイナー、トミー・フラナガン、そして当然ながらハービー・ハンコック。 ―あなたはあらゆる時代のピアノのスタイルを消化したうえで、その曲に必要な演奏をその都度、的確に選びながら、独自の音楽を奏でているように思えます。そんなあなたの考え方に影響を与えたミュージシャンはいますか? ジュリアス:セロニアス・モンク、スティーヴィー・ワンダー、ミシェル・ンデゲオチェロ、タイラー・ザ・クリエイター、エイミー・ワインハウスが僕のBIG 5だ。 ―ミシェル・ンデゲオチェロのどんな部分があなたに影響を与えたんでしょうか? ジュリアス:彼女の音楽はとにかくユニークで異次元のもの。音楽に尽くすために別の惑星からやってきた人という感じがする。どんな時も、目の前にある作品にとってベストと思えることをやる。それが彼女の信条だということが、90年代から今に至るまで、彼女のインタビューでの発言を聞くとわかるよ。サイドマンとして、一歩下がってベースを弾くのが大好きで、スポットライトを求めているわけじゃない。同時に、彼女のアルバムは一枚として同じものはなくて、毎回違う自分を作り出している。それでいて、ジャンルや編成やフォーマットが変わろうと、聴けばすぐに「これはミシェルだ」とわかるスタイルやサウンドがある。そんな点にミュージシャンとして、すごく影響を受けたよ。 ―タイラー・ザ・クリエイターは? ジュリアス:タイラーはどんな時も堂々と自分らしさを貫きながら、アーティストとしての進化を遂げてきた点に、すごくインスピレーションを受けるんだ。当然ラップや歌もやるけど、彼は音楽だけじゃないトータルなアーティストだ。やりたいと思うことがあれば、それを実現するクリエイティブな方法を見つける。自分のTV番組を持って、毎週新しいことにチャレンジする。パンケーキも焼けば、スケートパークもデザインするし、家具も作る。彼のアパレルラインはストリートの人間とカルチャーそのものに大きな影響を与えたよ。実際、Golf Wang以上に僕らの世代にとって大切なものはないくらいさ。そうやってクリエイティブなアイデンティティを守りながら、時代の中、カルチャーの中に確固たる地位を築く姿を見るのは、大きな励みだね。 ―では、特にリサーチしたドラマーがいたら教えてください。 ジュリアス:アート・ブレイキー、ロイ・ヘインズ、レニー・ホワイト、マックス・ローチ。もう少し経ってからだとジェフ・テイン・ワッツ、クリス・デイヴ、ケンドリック・スコット、マーカス・ギルモアなど。アル・グリーンとやってたアル・ジャクソン、当然ながらバーナード・パーディの影響も大きかった。大メジャーじゃないけどオシー・ジョンソン。ケニー・ワシントンには感謝してる。重要なメンターだ。あとビル・スチュワート……。 ―ピアノとドラムの両方を得意としているあなたのスタイルは作曲にどんな影響を与えていますか? ジュリアス:作曲に限らず、全体的な意味でも、楽器への理解があると、その楽器がどう機能するか、楽器を演奏する人間がどう考えるか、スタンダードな語彙が理解できると思う。ピアニスト兼ドラマーの立場から言うと、ドラムソロの最中、どこにビートが来るのかがわからなくなって見失う人間が多いんだけど、ドラマー共有のフレーズや語彙に耳を傾ければ、ただ「1-2-3-4」とカウントするだけでなく、フレーズそのものが聞こえてくる。頭の中で規則正しく配置しようとすると、音楽が表現しようとしていることを見逃すことになる。楽器の音楽性を理解すれば、その楽器が本来あるべき姿に忠実に従えるので、ちょっぴりだけ音楽的にコネクトできるんだ。楽器への知識があることで、楽器が通常どう演奏されるかをわかった上で、それに合うパートを書いたり、指示が出せるんだよ。 ―特定の楽器にフォーカスするのではなく、そうやってバランスを持つことは、自分にとって大事だと言えそうですか? ジュリアス:僕は自分が一つの楽器だけに特化した器楽奏者だと思ったことはない。一つのジャンルに特化した器楽奏者ではないのと同様に。でも、一つの楽器を極めることに人生を捧げる人には、それ以上を望むのは難しいことだから。僕はそこに関しては、何も言える立場じゃない。