ジャズの伝統を継ぎつつ「今の音楽」を作る ジュリアス・ロドリゲスが語る新世代の感性
参加ミュージシャンの人選と作曲は結びついている
―前作『Let Sound Tell All』の音楽コンセプトを教えてください。 ジュリアス:元々は「ライブでやってる曲がこれだけあるんだから、これを記録に残さなきゃ」という話になって……でも僕が完璧主義者なので、どれだけレコーディングをしても毎回どこかうまくいかなかったり、何かが足りなかったり「もっと上手くできるはずだ」と思ってスタジオをブッキングし直して、またセッションする…そんなことを続けていた。そしたら、いろいろ状況が変わって「これまでみたいにはレコーディングは続けられない」ってことになって。 結局、わずかばかりのテープだけが手元に残り、作るならこれで何かを作らなきゃならなくなった。だっていつまたスタジオに戻れるかわからないわけだから。そこで視点を変えて「これはスタジオにミュージシャンと集まって作った完璧なレコーディングではないかもしれないが、どうすれば独自の体験に作り替えられるだろうか?」と考えるようになった。僕はスタジオ録音技術のファンなので、それを自分の音楽に取り入れる方法を学ぶことに専念し、コンピューターで時間をかけて、さまざまなエフェクトを試したんだ。 ―へぇ。 ジュリアス:当時のプロデューサーだったDrew of the Drewと全曲聴き直し「ライブでは再現できない、レコードのリスナーにしか体験できないものに拡張するにはどうすればいいか?」と考えたんだ。たとえば、劇場に行って演劇を観るのは、舞台上の役者たちと同じ空気を味わう特別な体験だ。同じ演劇を映画化してもその部分は再現できない。でも映画なら、演劇にはないさまざまなSFXを使える。劇場でサメが出てきて人を食うことはないけど、映画でなら可能だ。SFXはストーリーを語り、アートを極めてくれる。音楽でも同じことをすればいいと思うんだ。特にハーモニー的にも音楽的にもハイレベルな即興音楽でなら、そういったエフェクトやテクノロジーにも匹敵できるからね。 ―その時の状況に対応しようとしたことであなたのスタイルが出来上がったと。映画的という意味では、「Two Way Street」のライブ動画は映像的にもダイナミックで面白かったです。では、方向性が決まった時点で映像と音楽はセットにするつもりだったんすか? ジュリアス:ああ、それってすごく大事な点なのに、ジャズというカルチャーの中で見過ごされがちだと思うんだ。なのであえて意識したよ。本物の演奏をすることは大事さ。でも今の時代のアーティストであるためには、耳で聞こえる音楽だけでなく、ビジュアルを含めてもっと包括的にならないと。今、一番支持を得られるのは、明確なビジュアルとスタイルがあるアーティストだ。そっちの方が音楽を上回ってしまってはならないけど、ストーリーを伝えるのには役に立つんだよね。 ―アルバムでは4人のドラマー、ジョー・セイラー、ブライアン・リッチバーグJr、JKキム、そしてあなたが叩いています。自分でも演奏するあなたが、どのようにドラマーを使い分けているのか聞かせてください。 ジュリアス:曲が何を求めるか、その曲によって決めているよ。どのドラマーもそれぞれの個性があって、曲にもたらす強みがある。それがあるから、僕は彼らを選ぶんだ。「君のこういうところが好きだ」って感じだね。『Evergreen』では2人のドラマーを同時に使ったりもしてる。これはドラムに限らず全ての楽器に当てはまるんだけど、そのアイディアの元はスティーリー・ダンなんだ。スティーリー・ダンはバンドだったけど、基本はドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの2人だけ。ところがスタジオには大勢のミュージシャンが呼ばれ、曲ごとに違うリズムセクションが試されている。そのミュージシャンごとの個性あるサウンドを求め、それを録音し、その中から曲に一番合うものを選んで使ったんだ。彼らが作り出したこのモデルはポピュラー音楽の世界で採用されるようになっていった。僕はジャズや即興音楽でも、もっとそうすべきだと思うんだ。それぞれの音楽アイデンティティには、異なる色合いがあるわけだから。 ―つまり、人選=キュレーションと作曲は強く結びついている? ジュリアス:ああ、どんなグルーヴやスタイルでプレイするかだけでなく、その人が自分にしかない何かを曲に加えることで、曲の一部を変えるようなインスピレーションになることもある。トランペット奏者のギブトン・ジェリンとはいつもそうだよ。たまたま彼の吹いた音が間違ってたり、リズムが違ってた時に、逆に僕は「そっちもいいな」って思って、曲自体を変えてしまったこともある。 ―前作では敢えて「20世紀のジャズ」のスタイルを演奏しているのかなと思ったのですが、そこにはどんな意図がありましたか? ジュリアス:曲やアレンジの多くが、トラディショナルなジャズクラブで演奏する中から生まれたものだったことが、その原因なのじゃないかな。当時、僕らが演奏してたのはSmalls、Birdland、 Zinc Bar、Smoke Jazz Clubといった、20世紀ジャズの精神を留めているスペースだった。そんな中で演奏することが、曲や演奏スタイルに影響を与え、アルバムにも表れたということじゃないかな。 ―Smallsでのジャムセッションには子供の頃からよく参加したんですよね? ジュリアス:美しい経験だったよ。それ以前にもジャムセッションには参加していたけど、僕が生まれ育ったWhite Plains(ニューヨーク州)のローカルなジャムセッションよりはレベルが高かった。Smallsはジャムセッションのメッカだ。ヴィレッジ・ヴァンガードやブルーノートに出演したアーティストたちが、ライブの後にやって来る。興が乗れば、ステージに上がって演奏に参加する。子供の頃から聴いて育った、いつか会いたいと願っていたアーティストがみんなそこにいたんだ。ロイ・ハーグローヴはいつもSmallsのジャムセッションに参加してたよ。有名だろうと無名だろうと関係ない。バンドスタンドはバンドスタンド。誰でもそこに座れて、誰もが音楽を奏でられる真剣勝負の場。見ているだけでも、参加しても、本当に美しかったよ。Smallsでなければ、絶対に会うことがなかったアーティストに多く会えたんだ。