「箱根を走る彼らはプロランナーではなくアマチュアの選手」伝説のプロデューサーらが語る箱根駅伝
坂田 田中君は、完璧な中継を成し遂げた先にある「箱根駅伝のドラマ性」にはまっていったんだよね。そのドラマ性って何かと言うと、個人にとっての特別なもの、ということだと思うんです。かつて箱根駅伝を走った人に、話を聞きにいくと、みなさん、当時を思い出しながら涙ぐむ瞬間があるんです。僕は中学・高校・大学と長らくサッカーをしてきましたが、思い出して泣くことはない。だから驚いたんですよ。箱根駅伝というのは、特別なんでしょうね。
箱根を走る彼らはプロランナーではなくアマチュアの選手
田中 ただ、ドラマ性って難しいんです。感動を視聴者に押しつけるように作るものではない。 私にとって忘れられないシーンはいくつもあります。ある大学のエースが熱を出して体調不良となって、当日にエントリー変更となるという情報が入ったので、「カメラを出すから、彼を取材してほしい」と指示を出したんです。すると、スタッフの一人が私のところに来て、「走れなくなった選手にしてみたら、死にたくなるくらいの思いのはずです。それを取材して、テレビで映すんですか!」と、涙ながらに訴えたんです。箱根を走る彼らはプロランナーではなくアマチュアの選手です。カメラを出すことをやめて、ランナーの付き添いをすることになった彼の姿を生で映し、アナウンサーがコメントを付ける、という形にしました。箱根での活躍が一生の宝物になることもあれば、出場できなくなったり、ブレーキになってしまった選手にとって、心の傷になる可能性もある。常に学びがあります。 坂田 「今昔物語」の取材をしていたときに、ブレーキになった選手に電話をしたら、「思い出したくない」と、ガチャンと電話を切られたこともありましたね。 田中 箱根が何らかの挫折になっている方たちに対して、「日本テレビがどういうスタンスで中継をしているか」を理解してもらうためにも、私たちは常に葛藤しながら取り組まなきゃいけない。ガチャンと電話を切られてから、たしか5年後に取材をさせてもらえたんですよね。 坂田 テレビの中継としては「ブレーキ」という悲劇は、視聴者の感情に届きやすい、という考えもあると思います。だけど、チーフディレクターには「これでいいのか」と、葛藤する姿勢でいてほしいと願っています。 田中君もあったよね。ブレーキになった選手の映像を映していて、「このまま見せ続けていいんですか」って、後ろを振り向いて私を見たことが。私は自身の中では整理ができてるから、「そのままで」と指示をしたけれども、たしか中継が終わってから言ったんだよね。「振り向く気持ちがあることが嬉しかった」ってね。