棋王戦 ベスト4にタイトル経験者が一人もいない…増田康宏八段ら新世代が台頭 「藤井と同じ中学生で棋士になれたはず」の逸材
【勝負師たちの系譜】 今期棋王戦コナミグループ杯の挑戦者争いが、最終段階に来ている。 私は本戦のトーナメント表を見て「オヤッ」と思った。ベスト4に、タイトル経験者が一人もいないのだ。 ベスト8で、羽生善治九段が斎藤明日斗五段に、渡辺明九段が増田康宏八段に、そして三浦弘行九段が近藤誠也七段にそれぞれ敗れ、姿を消したのだった。 若い棋士が台頭するのはいつの時代も同じだが、誰か一人はベテランが残るというのが、今までの例だった。 新世代の台頭は、誰か一人の先行者が引っ張り、続いて周りの人が集団で前世代を破っていくというのが常である。 平成の初めは羽生が全冠を奪取し、佐藤康光九段、森内俊之九段らが羽生に続けとばかり、次々とタイトルを手にしていった。 現在は藤井聡太竜王・名人が一人突き抜け、後の棋士が彼を追うという構図だ。 しかし藤井のように、全棋戦で活躍できる棋士は、まだ現れていない。 タイトルを1度奪取しても奪い返され、そのままというケースが多い。それだけ藤井が強過ぎるとも言える。 今回本戦の決勝に出たのは、増田と近藤。増田は本欄で何度も紹介したが、私が見た小学生で彼ほどの才能を見たことがない逸材。師匠の森下卓九段も「藤井と同じ、中学生で棋士になれたはずなのに」と嘆くほど。それでも16歳で四段なのだが。 対する近藤は地味な存在だが、鬼の王将リーグに4期連続在籍。今期の順位戦B級1組でも7勝1敗でトップを走る実力者だ。 将棋は先手番の増田が矢倉戦に誘導し、最近では珍しい玉を囲い合う、本格的な矢倉戦に。 先に動いたのは近藤で、中央の歩を交換しただけの動きに対し、一気に増田が反撃して戦いが始まった。 増田が優勢かと思われた展開となったが、玉をかわさずまともに受けたため、一瞬逆転模様に。近藤にもチャンスはあったが勝ち切れず、増田の正確な寄せの前に敗れた。 棋王戦は唯一、敗者復活戦のある棋戦。増田と敗者戦を勝ち上がった棋士が決勝二番勝負を行うシステムで、増田は1勝で挑戦者。敗者戦の復活者は2連勝が必要だ。 敗者枠には近藤、斎藤明日斗のほか、澤田真吾七段がいて、誰が出ても初挑戦だ。同じA級の佐々木勇気八段が竜王戦の挑戦者となっただけに、増田もここはチャンスと思っているに違いない。
■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。