「妊娠した女性監督がこの世の終わりくらい悩んでいた」Netflix岡野真紀子Pが語る女性と映像界
Netflixのプロデューサーとして、映像業界の第一線で働く岡野真紀子。制作会社に入社したのが2004年で、20年のキャリアを歩んできた。 【画像】岡野真紀子 『第37回東京国際映画祭』の公式プログラムとして開かれたケリング「ウーマン・イン・モーション」のトークセッションに、菊地凛子と磯村勇斗とともに登壇、女性を取り巻く環境について課題や未来を語り合った。 そのトークの直前にインタビュー。岡野がキャリアを重ねるなかでの映像業界の変化をはじめ、「引っ張ってもらった」とする先人のこと、また、まだまだ残る課題とどう向き合っていくのか、女性のキャリアをテーマに語ってもらった。
男性ばかりの現場だった20年前。感じる変化は
―岡野さんのキャリアのスタートは約20年前、映像制作会社からとのことですが、そのときの現場の男女比ってどんな感じでしたか。 岡野:ほぼ女性がいなかったと思いますね。私は助監督からスタートしたのですが、「女性の助監督が久々に来た!」ということで、みんなが私のあだ名をつけてたことをよく覚えています(笑)。それぐらい珍しいことだった。 あだ名は歓迎の意味もあっただろうし、何となく呼び捨ても言いづらいし、だけど「真紀ちゃん」もちょっと違うよね、っていうことだと思います。なぜか姑娘(クーニャン)って呼ばれていました。 特に技術スタッフには女性がほぼいなかった。泊まり込みで制作をするとき、アシスタントは同じ部屋で集団生活のような状況になるのですが、女性の部屋は7人部屋の一部屋しかなかったんですね。全部で60人ぐらいスタッフがいるなかで、7人以下だったということですね。 ―周りに女性がいない環境は大変なことも多かったと思いますが、例えば大小、どんな苦労がありましたか? 岡野:やっぱりもう、どうしようもなく体力の違いがありましたね。でも「女の子だから」って思われたくはなくて、きついです、つらいです、って自分からは言い出せなかったですね。だから我慢しすぎて熱中症になったり、強がって重い荷物を持って肉離れを起こしたりしたこともありました。それは別に強いられたわけではなくて、「女の子」として見られたくなかったからなんですね。 ほかにも、最初の助監督時代って家に帰れないことも多々あって、男性陣はシャワー浴びなくてもシートで拭けばいいか、ということができたけれど、女性ってそうもいかなかったりする。だから夜中に100円持って漫画喫茶のシャワーを浴びて帰ってくる、とか。 もうちょっと女性たちが多ければ、お互いに助け合ったりとか、お互いに発言したりとかってこともできたのかなって、いま思えばありますね。 ―「女性だから」というレッテルで、同等に扱われないことを恐れて無理をされたということかと思います。そのお気持ち、とてもよく分かります。職場や時代も変わったいま、男女比率にも変化はあったでしょうか? 岡野:映像業界で女性はすごく増えていると感じていて、私が直近でやった作品『さよならのつづき』は、全スタッフ入れると、本当に真っ二つ、男女半々だったんです。 もちろんまだまだ課題はあるんですけど、女性が働きやすくなってきたということは間違いなくあると思っていて。それはどういうところが変わったのかというと、20年前に比べて男女の体力の差をみんなが認識するようになったことに加えて、「女性の視点」が強みになるようになってたっていう感覚があって。 それは「映像業界=男社会」だと言われていたけれど、視聴者であるお客さんは女性も多くて。じゃあ、そのお客さんに届けられる本物の物語をつくろうとしたとき、50~60代の男性が考える意匠と、20代の女性が考える意匠って、全然違うものだと思いますし、同世代で同じ性別の感覚で考えたほうが魅力的に映ることもあると思うんです。そういった感覚をみんなが持っていったな、という意識がありました。 だから私も入社して数年が経った頃、女性の脚本家や監督たちから「岡野さんの意見が聞きたいです」って言われるようになって。それが各部署で起きてるんじゃないかな、と思うんですね。だから働きやすくなってきたし、発言も認められるようになってきた。そして人数も増えていった、というのはあるんじゃないかなと思います。 ―「女性の視点」が強みになったということについてですが、これまで映像業界には男性のほうが多くて、主に男性の視点から見た女性像みたいなものを脚本、物語に入れていたところを、みんなの、つまり性別関係なく視点を入れていこうよ、という変化だったのかな、と思いました。 岡野:すごくそれはあると思いますね。印象的だったのが、私は女性の脚本家さんたちとお仕事することも多くて、彼女たちはよく「『誰かに付随した女性』ではないキャラクターを描きたいんだ」ということをおっしゃっていた。誰かの妻、誰かの何かじゃなくてむしろ女性が主体となる物語を描きたいんだって。そういったところから変化が生まれていってるんじゃないかなと思いましたね。