「妊娠した女性監督がこの世の終わりくらい悩んでいた」Netflix岡野真紀子Pが語る女性と映像界
まだまだ残る課題。アイデアを出し合いながら、現場をつくる
―いろんな要因があって、女性参加が進んでいるっていうことだと思うのですが、映像業界においては何が大きかったのでしょうか? 岡野:そうですね……。徐々にではありますが、プロデューサーだったりに女性が出てきたってことはあると思っていて。私自身も徐々に働きやすくなっていったのは、テレビ局の編成プロデューサーが女性になって、「岡野さんの意見が聞きたい」って言ってくれたり。 あと例えばですが、脚本家の倉本聰さんが、「若いからとか、女性だから、という理由ではなく、対等な立場で、プロフェッショナルとしての仕事をあなたに求めてるんだ」ということをすごく言ってくれたんですね。それは、これまでのリーダーが切り拓いていってくれた意識の変化が一番大きかったんじゃないかな、と思います。 それも含めて考えると、女性が弱音も吐けるようになってたんじゃないかなって。今日は生理で体調がきついです、といったことをはじめ、人生の選択も迷わずちゃんと(職場に)言えるように徐々になってきているところだと感じていて。 私自身もやっぱ引っ張られて今に至るので、その先陣切った先輩たちが引っ張ってってくれたっていう感覚があった。だから、やっぱり今度は私が引っ張っていかなきゃっていう感覚をすごく持っているので、そうやって伝播してってるんじゃないかなとは思います。 ―引っ張られた? 岡野:引っ張られたという感覚が結構ありますね。 「日本女性放送者懇談会(SJ)」という団体があって、私は『放送ウーマン賞』という賞もいただいたことがあるのですが、80代の先輩たちも入ってる団体です。私はおそらく一番若い世代だったんですけど、定期的に会合があって、先輩たちが何をして切り拓いていったか、ご自身の経験を語ってくれて。 そういったコミュニケーションの場も大きかったと思うし、話を聞いて「私もこうやってやってみよう」って発想に変わってたので、私には良い影響だったなと思ってますね。 ―いい方向に変化が進んでいると感じられるなかでも、まだまだ課題も多いとおっしゃっていました。いま、岡野さんが一番に解決しないといけないと思っているのはどんなことですか。 岡野:どうしても物理的な選択ってあるじゃないですか。例えば出産だったり、結婚も含めて。特に女性は体も含めての変化があります。以前、作品制作に入る直前に、女性の監督が妊娠したことがありました。 彼女はこの世の終わりってぐらい悩んだんですよ。「これからすごくビッグなチャンスがあるのに私は母になる。これって、出産を選んだらキャリアは終わりですよね」って、すごく追い詰められた顔で、私に相談してきたことがあって。それに対して「まずはご家族で話し合って、あなたのベストな結論を出して」として、それから脚本家という立場でその作品に携わってみよう、というかたちに変わっていきました。彼女は出産後、いまはいろいろな企画会議を一緒にしています。 それってやっぱり、彼女の経験があったからつくれる物語もあって。出産などの人生の選択を、各所が恐れずに堂々と選択できるサポートをしていかないといけない。未来のキャリアを視野に入れて支え合わないと、女性監督は増えていかないのかなと思ってます。簡単なことではないと思うので、そういったサポート体制をどうやってつくっていくのかは、今後の課題かと思いますね。 ―キャリアの中断は、女性だけでなく誰にでも起こり得ることだとも思うので、サポート体制の構築は本当に大事なことだと思います。例えばですが、具体的にはどんなことができると思いますか? 岡野:最近手がけた『さよならのつづき』という作品は、4か月間ぐらい地方に泊まりっぱなしのロケだったんですね。なかには小さいお子さんがいるスタッフもいて、交代制にしていました。技術のアシスタントさんだったのですが、フルで4か月泊まり込むのは難しいから、2人体制にして交代で泊まって、家族と仕事を両立するっていう。それはシステムをつくったのではなくて、「あなたと仕事がしたいから」、みんなが方法を提案し合ってくれたんですね。 それってすごく重要なことだと思いました。国を変えて、ルールを変えて、っていうのは大きいことだけれど、まずは一つずつの発想でシステムができていくんだと考えていて。私は「そうか、こういうことができるんだ」って目から鱗だったし、別の方法、体制などもチャレンジしてみようとか、次にもつながっていく。 あとほかにも、育休から復帰された方で、まだお子さんが小さいのでベビーシッターに現場でサポートいただくっていう体制もトライしています。みんなでアイデアを出し合いながら、現場をつくっていってるっていう感覚がありますね。