作家・朝井リョウ(35)「本来、小説が持つ武器を諦めたくなかった」あらすじを一切明かさずに売り出した『生殖記』に込めた想い
朝井リョウ35歳の現在地#1
昨年10月、『正欲』(新潮社)以来、3年半ぶりの新作長編小説『生殖記』(小学館)を刊行した作家の朝井リョウさん(35)。新刊の帯には、「ヒトは二回目ですが、オス個体は初めてです。よろしくお願いします。」と、なんだか意味ありげな文言が並ぶ…。そんな新刊『生殖記』では、語り手の設定や、あらすじを一切明かさない売り出し方など、数々の新たな試みに挑んだという。その魅力を、ネタバレ一切厳禁でお伝えする。(前後編の前編) 【画像】新たな試み尽くしの朝井リョウ新刊『生殖記』
新刊『生殖記』は新たな試み尽くし
――今回、小説の内容を一切明かすことなく発表されましたが、どのような狙いがあったのでしょうか。 朝井リョウ(以下、同) 端的に言うと、本当に届けたい場所にこの本を届けるにはこの方法が有効なのではないか、と感じたからです。今は、毎日たくさんの新刊が書店に並ぶので、「作者はこういう問題意識を持っていて、このトピックスについて立場はこうで、だからこういう小説を書きました」というように、作者と本と読者が一本の線で結ばれているような本の打ち出し方をしないと、届けたい層に届けられない実感があります。 ただ、小説の利点のひとつとして、それらの情報をまるっと“物語”で覆い隠すことによって、「そういうトピックスや問題について、全然考えるつもりがなかった」という層にまで届けられる、というものがあると思っています。その層こそ実は本当に届けたい場所なのではないかと最近よく考えます。 その、小説の武器みたいなものを諦めたくないというか、もうちょっと頑張ってみたいなという気持ちがあったので、今回、内容をできるだけ明かさない形で発表しました。 もちろん、そもそも誰にも届かなくなるリスクも大きいです。今回書いたトピックスにもともと関心のある層にすら届かず、最低限の売上が見込めなくなる可能性も高いです。 ただ、そういうことは試せる時期に試しておかないと、どんどん試しづらくなるとも思ったので、今回は小学館のチームにご協力いただきました。「ヒトは二回目ですが、オス個体は初めてです。よろしくお願いします。」というのは、そのうえで抽出した文章で、今作の肝である語り手のニュアンスだけでも匂わせられればと思っています。この文章とタイトルの組み合わせで、「いったいこれはなんだ?」と手に取っていただきたくて。 ――従来の人間の主人公ではなく、特殊な語り手によるストーリー展開も、朝井さんにとっては初めての試みだったとか。 これまである特定の人間を主人公にして一人称や三人称で小説を書いてきましたが、そうすると、大きな意味で、人類を基準とした善悪が物語を支配するんですよね。 どういう経緯でどういうエンディングを迎えたとしても、その物語のベースに人類を基準とした善悪が敷かれている以上、似たような形になってしまうことに窮屈さを感じていました。そこから脱するにはどうしたらいいかと悩んだ末に、今回の語り手を思いつきました。 また、小説ってフィクションなので、何でも書けるかと思いきや、どうして主人公がこの情報を知っているのか、みたいな必然性が大切になってくるんですね。今回書いてみた部分に関して、どんな立場の人類を主人公にしても、なかなかその必然性を宿せないと感じたことも大きいです。