デザイナー・原研哉が手掛ける、新・温泉旅館ブランド「吾汝 ATONA」と泡盛「ZAKIMI」の全貌とは?
2030年までに、年間6000万人の外国人旅行者が日本に来訪するようになることを政府は目指している。第二次世界大戦後に工業立国を目指し、驚異的なスピードで経済復興したものの、バブル崩壊後にポスト工業化の行方を見定められていない現在、目を向けるべきは自然や文化といったこの国の資源だと原は考える。その背景には、デザインの役割は「本質を見極め、可視化する」ことだというデザイナーとしての視点があるのだ。「愛国主義的なものではありませんよ」と前置きした上で続ける。 「日本の美意識が確立したのは応仁の乱のあとぐらい、室町時代の後期以降だと考えられています。たとえば庭でいうと、なにもない空間が美しい、というような文化ですね。日本は優秀な建築家を多数輩出している国ですが、自然と対峙して屹立するような建築ではなく、自然を読み取り、受け皿となるような建築の文化を長い時間をかけて育んできました。そんなエンプティな建築を生み出してきた視点で日本の風土を咀嚼し、文化と結びついたホスピタリティを装着し、世界が注目する食文化をふさわしいかたちで提供できるようになれば、高度な経済を生み出せるのではないかと考えてきました。『低空飛行』の制作を続けたことでその直感は間違ってはいなかったと実感しています」
石垣島発の泡盛酒造所と新ブランドを立ち上げ
2022年に立ち上げた泡盛のブランド「ZAKIMI」にも、「低空飛行」での取材と発信を続けた原の日本の風土に対する視点が反映されている。 1955年に石垣島で創業した泡盛の酒造所である八重泉酒造と立ち上げた「ZAKIMI」。八重泉酒造は、石垣島に古来、伝わる直釜式蒸溜などの伝統的な製法と、業界に先駆けて行った洋酒樽での長期貯蔵を組み合わせた酒造りを行っている。以前よりウイスキーや日本酒のラベルのデザインを行ってきた原だが、八重泉との仕事では、製品開発から関わることになった。 「日本のウイスキーの歴史は100年程度と短いですが、メソポタミア文明において蒸溜酒が発明されると、大陸を経てインドのあたりから島を経て、八重山諸島などを経由して15世紀ごろに日本に伝わってきたと言われています。泡盛にはしかるべき歴史があるにもかかわらず、価格が非常に安い。お酒が安い世界は否定したくありませんが、一方でワインが数百万円などで取引されているのを見ると、日本で生まれた最も伝統ある酒のひとつだといえる泡盛が、これだけ安い価格帯のみで取引されているのはおかしいと思うわけです」 30年貯蔵した古酒(クース)が眠っており、また各地の蒸溜酒コンテストで最高賞を受賞してきたように、八重泉には品質に加えて独自の価値がある。商品の味、存在感、ストーリーというものを融合させ、価値の転換を図ろうと原は計画を立てた。そこで、8年古酒を100%用いた「ゆく」、10年熟成の古酒と10年樽貯蔵をブレンドした「顔」、30年ものの古酒を用いた「台風」という3銘柄をラインアップ。それぞれ700mlボトルで20,000円、60,000円、200,000円の価格をつけた。 「石垣島は台風の交差点ともいえる場所に位置しています。台風によって降る雨が島の湧き水となり、その水がこの泡盛の味を醸成しています。古酒は非常にアルコール度数が高いので、商品化する際には割水を用いて43度まで薄めるのです。そこで、販売する年にやってきた台風の雨から取水し、浄化したものを割水に用いるという案を考えました。そうすると、ある年の泡盛にはその年の台風が紐付けられてヴィンテージとなっていく。石垣島ならではの風土がストーリーを生み、ブランディングを担っていくのです」