なぜ井岡一翔は苦闘のV1成功後にリング上で号泣したのか?「この先(のボクシング人生)は長くない」
ジャッジのスコアが読み上げられた。 2人が「116-112」1人が「115-113」、以上3-0の採点をもちまして……「スティル(防衛)!」のコールがあると、井岡は笑顔でなく少しほっとした顔でレフェリーに右手を預けた。 リング上のインタビュー。アナウンサーに「磨永翔君の名前をトランクスに刻みました。父としての姿を見せられましたね?」と聞かれると、「チャンピオンとして息子が生まれて初めての試合だったので、気持ちの上で今まで以上にプレッシャーがありました」と、答える途中に言葉が詰まり感極まって号泣した。 試合後、改めて涙の理由を聞かれ、こう説明した。 「一戦一戦、挑む中で息子も生まれて、その1戦の重みが違ってきている。皆さんが想像している以上に。復帰して長くやるつもりはない。これだけパンチをもらったら選手寿命も縮まるなと思って戦っていた。一戦の重みを感じて戦ってきた」 父の涙につられたように大泣きした息子も、イヤーカフをしてリングにあげられ、父は、誇らしげに抱いた。「勝って息子をリングに上げる」。公約を果たした瞬間だった。 ――父の責任を果たせた安堵感は涙のかなりの部分を占めたのか? 「これからは人生を通して責任がずっとある。この子のために勝ってあげたいと思ったし、結果を残すことが簡単じゃないなかでのプレッシャーがあったんだと思う。父親として涙もろくなってきた。最後のインタビューでそこを突かれたときにこみあげてきた」 井岡の目は腫れ、ところどころの赤い生傷が痛々しかった。 「打たせずに打つ」スタイリッシュなボクシングを求め続けてきた井岡は、一度、引退して復帰を決めてから人が変わったようなボクシングスタイルになった。 「そりゃスマートに勝ちたいですよ。でもときには、どんな勝ち方でもつかみきらなくちゃいけない勝ちがある。息子を育て、家族に飯を食わせなければいけない」 試合前、「王者の厳しさを見せつける」と何度も繰り返して口にした。井岡は、その真意にも本音を隠さずに触れた。 「ああいうスタイルで、クレバーなことをやってきた。でも、ああいう選手にチャンピオンになって欲しくない、と思っていた」 シントロンは一度として足を止めて殴り合わなかった。それはアマチュアでは戦術として正解だろうが、プロの世界では、一番大事な魂の部分が抜け落ちている。井岡が、王者として見せつけたかったのは、そこだったのだろう。 一方、試合終了の瞬間、勝利をアピールしていた敗者は、だだ広い控室で、プロ初黒星にうなだれて落ち込んでいた。 「最終ラウンドまで戦うことができたというだけだ。判定結果はすべて受け入れる。やれることはやったが、彼のパンチが正確だった。経験の豊富なチャンピオンだった。初の敗戦で勉強になった。もちろん、再戦したい。次はもっといい戦いができる」 素直に完敗を認め、井岡との再戦を希望していた。