なぜ井岡一翔は苦闘のV1成功後にリング上で号泣したのか?「この先(のボクシング人生)は長くない」
さて気になるのが、2020年の井岡の防衛戦ロードである。 この日、左のダブルのアッパーで失神KO勝利をした田中恒成(24、畑中)は、試合後、井岡の名前を出さずに2020年に4階級へ挑戦する意向を表明した。4階級制覇となる井岡への挑戦は、WBOのフランシスコ・バルカルセル会長の強力プッシュのお墨付きである。 だが、井岡は「田中はまだ階級も上げていない」と、次期対戦候補からは田中の名前を外した。そして「ロマゴンか、統一なのか。一番は統一、ロマゴンも歓迎する、そこはボクシングでもあり、ビジネスである、条件もある」と注目発言を行った。 当初、この1月に予定されていたWBC世界同級王者、ファン・フランシスコ・エストラーダ(29、メキシコ)対WBA同級王者、カリド・ヤファイ(30、英国)の統一戦の勝者を最大のターゲットとしていた。だが、エストラーダの左手の故障で試合が中止となり、しかも、エストラーダの再起は、秋以降にずれこむ見込みとなり、「統一戦を第一」とするなら、候補は、ヤファイか、IBF同級王者のジェルウィン・アンカハス(27、フィリピン)の2人しかいない。すでに井岡陣営は、水面下でアンカハスと接触したようだが、高額条件をちらつかされたという。井岡が「ビジネス」という言葉を使ったのは、そういう大人の事情があるからである。もし条件が合致せずに統一戦が実現しなければ、対戦を熱望してきている元4階級制覇王者のローマン・ゴンサレス(ニカラグア)とのカード選択となるのだろう。23日に横アリで行われた1年3か月ぶりの復帰戦は、威力こそ全盛期のそれには程遠かったが、スピードや当て勘には、さすがのロマゴンらしさがあった。実現すれば、続けて激闘になるのは間違いない。 「この先(のボクシング人生)は長くない」 井岡は、そう言ったが、「息子のために1年でも長く」の本音もあると聞く。 「やりたいように自由にやって、つながっている人に何かを感じてもらえればいいんです」 それがポピュリズムを拒否して我が道を行く井岡イズム。だが、実は、その井岡イズムは、大衆が望む逃げないビッグマッチ路線と重なっている。試合後の会見で見せた素直な言葉と、磨永翔君をリング上で抱いたパパの顔こそが、井岡の素顔なのだろう。強くて愛されるボクサーへ。30歳にして井岡が新境地を迎えている。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)