子どもを苦しめる「国を越えた転校」、母語・日本語ともに課題のある「ダブルリミテッド」を防ぐ教育に必要な視点
子どもが持っている母語のリソースを活用した日本語教育
「ダブルリミテッド」とは、外国で暮らすなどして2言語に触れる環境にありながら、どちらの言語も十分に発達していない状態のことだ。公立学校における日本語指導が必要な児童生徒の数は、2021年度時点で5万8000人以上にのぼる(文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査〈令和3年度〉」)。そのうち4万7000人を外国籍者が占めているが、日本国籍者も1万人を超えている。今後も増えるであろうこうした子どもたちのために活動するのが、愛知県に拠点を置くNPO法人「にわとりの会」だ。代表を務める丹羽典子氏に話を聞いた。 【写真で見る】5カ国語対応の中学生向け漢字学習冊子 NPO法人にわとりの会 代表理事の丹羽典子氏が、愛知県で小学校教員になったのは1981年のことだ。その後、1989年に出入国管理及び難民認定法(入管法)が改正されると、県内の工業団地で働く日系人や外国人が急増。丹羽氏が当時勤めていた小牧市の小学校にも、そうした子どもたちが入学してくることも多くなった。同氏はこう振り返る。 「最初はクラスに1人か2人、日本語がわからない子どもがいる程度でした。もっとも気になっていたのは、すでに高校全入とも言える時代にあって、こうした子どもたちは中学卒業後に進学できない確率が高いことでした。自分たちは親と同じように工場で働くしかないと投げやりになっている子どももいた。何とかしたいと思っても、1人の単なる担任としてできることはない、と半ばあきらめていました」 だが、やがて別の小学校に異動して「外国人担当」を任されたり、また別の小学校に転勤して国際教室を受け持ったりすると、丹羽氏の意識も変わってきた。まず具体的に感じたのは「2年生の壁」だ。 「小2で覚える漢字は小1のときのものに比べてぐっと難しくなり、数も2倍になります。画数も多くなり、子どもたちはよく『線が多くて真っ黒』とか『音読みと訓読みがいっぱいあってわからない』と言っていました。これは、日本人に教えるのとはまた別の方法が必要なのではないか、と考えるようになりました」 しかし丹羽氏が、つまり子どもたちが求めるような本や教材は、日本にも外国にもなかった。漢字の音訓と意味や用例を伝えるためには、自分で教材を作るしかない。その結論に至った同氏が開発したのが、現在の「にわとり式かんじカード」だ。表側には漢字と読み方、例文とイラストが。裏側には北京語と広東語、ポルトガル語、スぺイン語、タガログ語、英語の6言語に訳した例文が書かれている。さらにこれを専用のペンでなぞると音も出る。表側の日本語だけでなく、各言語の例文も読み上げてくれるものだ。 「例えばスペイン語を母語とする4年生の児童に日本語を教えるなら、スペイン語を介したほうがよく伝わります。このカードでは子どもが持っている母語のリソースを活用して、意味と漢字を結びつけて理解できるようにしました。母語の読み書きが十分でない子どもにとっては、母語のトレーニングにもなるように考えてあります」 丹羽氏は30年以上学校でひらがなや漢字を教えてきた経験から、ある地点でつまずく子どもが、その前のどこの段階が抜けているのかを推測することができた。最初は何とかサバイブするためのやさしい日本語を目指そうかとも考えたが、「入り口はそれでもいいけれど、そのままでは学習言語にならず、進学や就職といった未来への発展が難しいと感じた」という。 「目指すのは、いわば『疑似日本人状態』を作ることです。外国人の多くの子どもたちは、すべての漢字をひとつずつ、系統立てることもなくバラバラに覚えています。でも私たちは、『くさかんむり』や『さんずい』などの部首で意味を想像したり、つくりから予想して知らない漢字を読んだりすることもできます。この漢字カードで字の形と意味を一緒に理解した子どもたちは、その日本人的な漢字の読み解きができるようにもなるのです」 2年生の壁を越えるために作ったものなので、最初は漢字の基礎と仕組みを学ぶ1・2年生向けのカードしか用意していなかった。しかし子どもが成長すると「先生、次の学年のかんじカードはないの?」と問われるようになった。リクエストに応じて追加することを繰り返し、結局6年生向けまでカードをそろえ、現在は中学生向けの冊子も用意している。