子どもを苦しめる「国を越えた転校」、母語・日本語ともに課題のある「ダブルリミテッド」を防ぐ教育に必要な視点
教育現場でも地域社会でも…課題は「継承」が途絶えること
今、丹羽氏が課題に感じているのは、さまざまな「継承」が途絶えつつあることだ。 「学校の先生方は本当に忙しくて、『普通』を回すだけで精一杯です。タブレットの導入や、家庭との連絡のデジタル化は、日本語を理解できない人たちにとってますますわからないことが増える要因にもなっています」 団塊世代の退職や若手の人手不足といった問題も相まって、ノウハウの継承もされにくい。国際教室などで外国人の子どもと接する教員と、そうではない教員との間でも、やはり知見の交換は難しい。丹羽氏は現役時代に経験したことを語ってくれた。 小学1年生のある外国人児童が、教室でおもらしをしてしまった。保健室に替えの下着が常備してあるのでそれを使うように担任が話しても、児童は動かない。困った担任は丹羽氏と通訳を呼んだが、母国語で説明しても、子どもは頑なに「いやだ」と言う。この小学校では、保健室の下着を使った場合、新しいものを買って返却する決まりになっていた。それをふと思い出した丹羽氏が「お金はかからないよ」と言ったところ、子どもは「それなら」と下着を替えることを受け入れたのだ。 「担任教員は、子どもが下着を替えようとしないのは日本語が正しく理解できないからだと思っていたようです。あるいは、発達に何かしらの問題がある可能性を考えたかもしれません。しかし実際には、この子どもは保健室の仕組みも理解していたし、家庭の経済事情も考えていた。単なる言葉や発達の問題ではないことがわかりますね。しかし、彼らが何に困っているかを私が想像できるのは、現場を長く見てきた経験があるからに他なりません。こうしたことも、若い先生方に意識的に受け継いでいく必要があるでしょう」
これからも増える「国を越えた転校」を経験する子どもたち
継承は時間軸のつながりだが、もう一つ、地域や人のつながりも重要だと丹羽氏は考えている。 「今は共働き家庭や核家族が増加し、PTAなども以前ほど盛んではありません。昔は昔でもちろん問題はありましたが、こうしたつながりによってさまざまな支援が生まれていたことも事実です。愛知県は早くから多くの外国人を受け入れてきた歴史がありますが、その知見をつないでいくことも、地域の今のつながりを作っていくこともどちらも重要です」 また、外国人の子どもの支援において、大きな役割を果たすのが全国のボランティア団体だ。例えば保護者との連絡には、学校だけでなくボランティア団体が関わっていることも多い。丹羽氏は「日本では、外国人の集住地がスラム化してしまうようなことが抑えられていますが、これも全国のボランティアの努力によるところが大きいと思います」と続ける。 しかし専門家でない善意の市民の活動だけでは、子どもたちの学びに系統性が生まれにくいという課題もある。だからこそ、学校と地域、ボランティアがより密接に連携していく必要があるのだ。 「子どもたちは自分のチョイスではない外国での生活を強いられ、親や大人に振り回されるつらさがある。これは移民や難民でも、恵まれていると思われやすい帰国子女でも同様です。子どもにとっての転校は隣町でも大変なことなのに、彼らは『国を越えた転校』をさせられているのですから」 今後、こうした子どもたちはさらに増えるだろう。丹羽氏は「適切なケアがなければ、彼らの心は壊れかねない」と危機感を語るが、しかし希望もある。小牧市周辺では、丹羽氏らが教えた子どもたちが成長し、ボランティアとして戻ってきてくれるという「継承」も起きているそうだ。 「私たちが教えた人が次の人に教えてくれる、この連鎖をどんどん作っていきたいですね。『どうせ俺たちは』と言うような子どもだって、本当は伸びたい気持ちがあるのです。毎日学校に行くのも、先生が出した宿題をやりたがるのもその表れ。学びたいと思う人がいる以上、私たちはそれに応えていきたいのです」 (文:鈴木絢子、注記のない写真:Kana Design Image / PIXTA)
東洋経済education × ICT編集部