作家・麻布競馬場 SNS投稿から直木賞候補へ “タワマン文学”で孤独や絶望描くワケ
■ “タワマン文学”が話題に 孤独や絶望描くワケ
1作目の多くで描かれているのは地方出身者が東京で味わう「挫折」や「孤独」。夢や憧れから上京したものの、立ちはだかる現実にあらがえず“幸せ”を模索する登場人物達。 この文体は“タワマン文学”とも呼ばれ、当初ネット上では「新しい文学だ」と話題になると同時に、絶望の淵に立った時に露呈する人間の汚さをまっすぐ描く作風は、「悪趣味だ」「気持ちのよい作品ではない」「露悪的だ」と批判的な意見を投げる人もいました。麻布さんが負の側面にこだわって書く理由、そして批判的な意見をどう受け止めているのでしょうか。 ――全編を通して描かれる格差や嫉妬、挫折。負の側面にこだわる理由はなんでしょうか? 僕自身は18年間、地方の都市で生まれ育って2010年に東京の大学進学を機に上京したんですけれど、その時衝撃を受けたのが東京にいる特別恵まれた人たちの存在なんです。自分の同級生でも、芸能人の息子で「小さい頃から音楽活動・芸能活動をしてます」みたいな人がいたりだとか、東京生まれの人たちの話を聞いてると人生の選択肢とか、それを膨らませるための機会が本当にたくさんあるなっていうのを実感したんです。 もちろん彼らが楽をして今の地位にいるかっていうとそんなことはなくて、恵まれてる人にも結局つらさがある。多くの人はそんなこともわからずに生まれ持った格差とかを理由にして分断を自ら生んでしまったりする。誰が悪いわけでもないし、みんなつらいのにすごく悲しいなって。そこにある悲しさをまずはまっすぐ描いてみようと。
■「反感が生まれるのはいいこと」 批判の声も糧に
――SNSや本のレビューサイトでは批判的な意見も見受けられました。麻布さんはどう受け止めていますか? 特に平成の終わりぐらいから感じていたのが、やさしく、正しくあることの圧力がすごくあるなと思ったんです。当時の精神性って、圧倒的努力の時代だと思っていて、「死ぬこと以外かすり傷」(2018年:箕輪厚介 著)ってベストセラーもありましたけど。でもそれが人を幸せにしたかっていうとそんなことはなくて、例えば過労死みたいな痛ましい事件が起きたわけですね。 (それ以降)優しくて正しい風潮が徐々に強くなっていったなと思っていて。残業なんかせずに多少の成長は犠牲にしてでも人間らしく働こうっていうのはすごく正しいことだと思うし、時代が進むほど人間の価値観はいいものになっていくと信じているんですけど、その過程で確かに存在した“人間の弱さ”とか“汚さ”、“正しくなさ”を僕は透明にしたくないなと思っていて。 それに対して反感が生まれるってことはそれはそれでいいことだと思うんです。「そうだそういう汚いものは捨てて、前に進んでいこう」ということでもあると思うので。