京大病院裏手にある「キッチンくじら」、夜勤明けの看護師さんも通う“街の食堂”で、上質なおばんざいを味わう
取材・文=岡本ジュン 撮影=村川荘兵衛 ■ みんなの胃袋と健康を支える「街の食堂」 【写真】『鰯の生姜煮』600円。丸々と太った鰯が三尾ものっている。夜は日本酒や焼酎で一杯もできる 京都大学医学部附属病院、通称・京大病院の裏手にある小さな食堂が『キッチンくじら』。世の中が動き出す朝8時にこの店の扉は開く。朝食や日替わり定食が人気のここは、病院の夜勤明けの看護師さん、出勤前に朝ごはんを食べにくる会社員など、朝から多くの人でにぎわっている。 熱々のお味噌汁に、ガス窯で炊き上げるごはん、野菜たっぷりのおばんざいがこんもりと盛られた皿。その清く正しい姿を見ると惚れ惚れする。 「街の社食になりたいんです」と店主の野村昌史さんは笑いながら話す。 京都出身の野村さんは、かつて家庭で普通に食べられてきたおかずを作る。気をてらうことなく、ていねいに愛情をこめて。料理人として幾つかの店で働き、多くの経験を積んだが、この店で野村さんが作りたいのは祖母が作ってくれたような懐かしい京都のごはん。今では家庭で食べられることも減り、忘れられつつある料理。でも毎日食べても飽きない味だ。 特別なものはなにもなくても、淡々と当たり前に、日常のごはんがそこにあることがうれしい。それが食べたくて毎日でも通ってくる常連も多いのだ。 料理人として厨房で働いたり、店の立ち上げをまかされたり、飲食では様々な仕事をしたという野村さん。でも一番楽しかったのは賄い作りだったのだとか。 「京都には特別な料理も、高級な和食を出す店もたくさんあります。独立を考えたとき、それは他の人に任せて、自分の一番得意なことをやればいいと思えたんです」 という。
■ みんなが大好きなおかずが並ぶ 朝食は朝10時半までの限定。定食は開店からランチをはさんで14時までだが、売り切れごめん。イートインのほかにお弁当の販売もあって、こちらも大人気。頼まれて仕出し弁当を作ることもある。夜はちょいのみできるおつまみも用意する。 化学調味料などは使用せず、味付けはシンプル、野菜たっぷりで栄養満点。唐揚げ、油淋鶏、チキンカツ、豚バラ玉ねぎしょうが焼き、肉団子。みんながぜったい大好きなおかずがインスタに上がると、食べたい気持ちに火がついて、引き寄せられてしまうのだ。 夜の営業もあり、会社帰りにサッと飲みたい人や夕ご飯の需要も多いとか。とくに晩酌にぴったりのつまみがまたいいのだ。この日は鰯の生姜煮があった。大きな鰯は骨まで食べられるようにじっくりと炊き上げ、目の前に出されるとふんわりと香る生姜が食欲をそそる。 「こういうものは焦ったら失敗します。じっくり、ゆっくり煮ないといけません。急いでいるときや慌てているときほど、自分を落ち着けてくれるので、焚きものが好きなんです」。 家庭ではここまで丁寧に手をかけて食事を作るのが難しい時代だからこそ、『キッチンくじら』の料理が染みる。 通ってくるのは地元の人ばかりかと思えば、素朴な朝食を目当てにやってくる観光客もいるという。そんな時は手が空いていれば、野村さんに京都案内を聞いてみるのもいいだろう。 店を始める前、野村さんは神社仏閣の装束などを扱う会社で働いていたのだ。そこで京都の神社やお寺にも詳しい。 季節の見どころや混んでいるから外したほうがいいなど、地元ならでは情報が聞ける。 「今日、どうする?」。そんな時は京都ガイド付きの朝ごはんを食べてのんびり散歩に出るのも悪くない。
岡本 ジュン