ドキュメンタリー映画出演のアイヌ男性、前職は土木会社 今はハンターしながら伝統的鮭漁を伝承
ドキュメンタリー映画『アイヌプリ』に出演
昨今、『ゴールデンカムイ』、『シサム』などアイヌを題材にした映像作品が制作されている。福永壮志監督によるドキュメンタリー映画『アイヌプリ』(12月14日公開)は、北海道・白糠町(しらぬかちょう)でアイヌプリ(アイヌ式)を実践し、祖先から続く鮭漁の技法や文化を伝えている天内(あまない)重樹さん(39)を追ったもの。天内さんが現代アイヌの生活を明かした。(取材・文=平辻哲也) 【写真】「現代に生きるアイヌの姿を知ってもらいたい」 監督を務めた福永壮志氏との2ショット 映画では「シゲさん」と呼ばれる天内さんは北海道東部・釧路近郊の白糠町に妻、2人の息子の4人で暮らしている。もともとは道路整備会社に勤務していたが、現在は食肉関係の会社所属のハンターを正業としながら、個人的にアイヌ式の鮭漁(マレップ漁)を実践し、子どもたちにも教えている。 白糠アイヌ協会会長として、メディアで多数登場しているが、自身はアイヌ文化を発信したい、という強い思いがあるわけではないという。 「母方の祖母がアイヌで、物心ついた時から踊りをやったり、山菜採りをしていたので、生活の中にアイヌ文化があった感じでした。成長していく上で、自分でも興味を持って、マレップ漁もやってみたい、と思ったんです。誰かに伝えたいという強い思いがあるわけではなく、自分の周りにあるものを大切にして、自然に生活していけば、自然と残っていくだろうと思っています」 映画出演は福永監督がアイヌの血を引く14歳の少年(下倉幹人)を主人公にした劇映画『アイヌモシリ』(2020年 ※「リ」は小文字が正式表記)の撮影に協力したことがきっかけ。福永監督は、自分の楽しみのために、アイヌ文化を学んでいる天内さんの姿に強く感銘を受けた。 「最初は、家に遊びに来てくれたり、友達として始まって、その中で『映画を撮らせてほしい』という流れでした。映画は、壮志監督だけではなく、カメラマン、録音のみんなとの信頼関係の中で出来上がったものだと思います。それが本当にうれしかったですし、撮影が終わっても、その関係が続いています」と天内さん。同映画が出品された第37回東京国際映画祭に参加するため、家族で上京した。 映画の中では、長男とともにマレップ漁を行う姿が印象的だ。マレップ漁は20センチの釣り針を2~3メートルの木につけて、泳いでいるサケを突くというもので、今年で14年目になる。 「最初は、地元の長老に昔の漁具の作り方を教えてもらったんです。作ったら、使いたくなるじゃないですか。それで許可を取って、捕り始めたんです。映画では、簡単に捕れているように見えますが、実際は簡単にはいかないんです。鮭がいっぱいいること自体、珍しく、いろんな条件が重ならないと、うまくいかない。本当に貴重な瞬間に立ち合えたんだと思います」 マレップ漁への興味は今の職業ハンターにも繋がっている。 「前の職業は建設会社で道路の維持管理をやっていました。高速道路のパトロール、事故対応や除雪が主な仕事でした。時間が決まっている仕事ではなかったので、なかなか家族との時間が作れなかったんです。そんな中、今の会社の会長から声をかけられて、ハンターとして働くことにしました。昔から魚釣りやアウトドアが好きだったので、性に合っています」 天内さんは、子どもたちに対して「自分で考え、行動する力」を養ってほしいと考えている。 「火の扱いなど危ないことはしっかり教えますが、必要以上に手を出さないようにしています。だんだん成長してきているので、そのうち鮭漁の技術も身につくと思っています。『自分で考えて魚に近づいてごらん』と言って、全部正解は教えないですね。失敗しないと学べないから」 完成した映画を見た時には「自分の日常がこう映るのか」と新たな発見があったという。「アイヌに対する古いイメージを持つ人がいまだに多いと感じます。中には着物を着て過ごしていると思っている人もいるみたいで、自分がニットキャップをかぶっていると、驚かれることがあります。この映画が、現代に生きるアイヌの姿を知ってもらう、きっかけになれば」と期待を寄せている。 ■天内重樹(あまない・しげき)1985年、北海道白糠町生まれ。白糠アイヌ協会会長。小学校の時に、マレップを用いたアイヌの伝統的鮭漁に出会い、成人後、長老(エカシ)に師事して漁法を正式に学ぶ。現在は毎年茶路川でマレプ漁を行い、子ども達に命をいただくことへの感謝、食べ物の大切さなどについて実践的な「食育」を行っている。
平辻哲也