SOHCだがDOHCに相当!? 仕様によってバンク角も違った狭角V4|1967年式 ランチア・フルヴィアHFクーペ
今やブランドの存亡が危ぶまれているランチアのヒストリーは、自動車史に冠たる数多くの名車たちによって彩られてきた。今回ご紹介するフルヴィア・クーペHFも、その一つ。ラリー競技におけるランチアの優位性を、初めて見せつけた名作だ。 【画像12枚】キャレロ社製ヘッドライトは、1.6HFでは内側2灯のみ大径化されるが、この時代は4灯とも同サイズ。フォグライトも当時モノのキャレロ製がつく。高級感さえ感じさせるダッシュパネルに、ゴム製のマットや簡潔なシートの組み合わせが、独特の凄みを演出している。FFの特質ゆえに広々とした足もとにも、ご注目いただきたい 【1967年式 ランチア・フルヴィアHFクーペ】 ランチア「フルヴィア」は、1953年のリリース以来、ランチアのロワーレンジを担ってきた「アッピア」の後継として誕生した小型車。まずは63年にベルリーナ版から登場し、二年後には自社デザインの「クーペ」や、ザガート製「スポルト」も追加された。 名匠ヴィットリオ・ヤーノ技師がフェラーリへと去ったのち、ランチア技術陣を率いることになったアントニオ・フェッシア教授が、そのキャリアの最後に手掛けた傑作として知られるフルヴィア。ランチア伝統のモノコック式ボディに代表される基本構成は、同じくフェッシア教授の作で、その誕生の3年前に発表されたミドルレンジ車「フラヴィア」を忠実に縮小したもの。しかしエンジンは、フラヴィアの水平対向4気筒ではなく、ランチア伝統の狭角V型4気筒とされた。 アッピア時代とは別物のエンジン。微妙な仕様変更がかなり頻繁に行われていた そのV型4気筒ユニットは、アッピア時代に搭載された狭角V型4気筒OHVとはまったくの別物のSOHC。Vバンク角はシリーズによって異なる、最初期の1091cc版および1216cc版は「12度53分28秒」。その後の海外向け仕様や1298cc版では「12度45分28秒」。さらに最終進化版たる1584cc版では「11度20分00秒」とされるなど、微妙な仕様変更がかなり頻繁に行われていたことが分かる。 またヘッドについては形式上「バンクあたりSOHC」とされるが、狭角ゆえに一体化されたカムカバーおよびヘッドに収まる2本のカムシャフトは、それぞれのバンクに対して吸/排気を担当。結果としてDOHCに相当するという、とんでもなく高度かつ難解な設計のエンジンであった。 しかも、高度だったのはエンジンだけにとどまらない。フルヴィアは、横置きのリーフスプリングを巧みに併用したダブルウイッシュボーンのフロント独立サスペンションや、4輪ディスクブレーキなどを標準装備。通常のメーカーの量産小型車ならばシビアであるべきコスト計算を度外視してしまった、驚くほどにテクノロジー至上主義なクルマだったのである。 65年からフルヴィアに設定された「クーペ」は、スポーツカーとしてもたぐいまれな潜在能力の持ち主だったのだが、その資質がラリーカーとしても極上であることに気づいていた男がいた。その名はチェーザレ・フィオリオ。ほぼ同じ時期にランチアの実質的なワークスチーム「HFスクアドラ・コルセ」を創立していた彼は、フルヴィア・クーペの資質をさらに研ぎ澄ませたエボリューションモデルの開発および限定生産に関する許可を、ランチア社首脳陣から勝ちとった。 66年1月に発売され、435台のみ作られた こうして66年1月に発売、翌年までに435台のみ作られたのが、今回の主役フルヴィア「クーペHF」。1.2LのV型4気筒エンジンは、標準型クーペから8ps増の88psに強化する一方、各開口部のアルミ化や、サイド/リアウインドーの樹脂化。さらに前後バンパーを廃することで、135kgものダイエットに成功。車両重量は825kgという軽量を誇った。 クーペHFは、デビュー早々から欧州のラリー競技で大活躍を見せるが、翌67年春には1.3Lに拡大した進化版「ラリー1.3HF」が登場。排気量アップにより101psのパワーを得て、戦闘力をさらに高めた。そして69年に登場した最終進化形「ラリー1.6HF」は、現在のWRCの前身にあたる「ヨーロッパ・ラリー選手権(ERC)」にて、69年および73年に年間タイトルを獲得するなど、この時代における最強のラリーカーの一つとして君臨したのだ。 今回の取材では、本誌でおなじみの三井裕徳さんが所有する希少な67年式クーペHFを取材、撮影。撮影場所への移動の際には、筆者もステアリングを握る機会を得たのだが、端的に言ってそれは素晴らしい体験であった。 独特の狭角V型4気筒エンジンは、いわゆる「カムに乗る」回転数に入ると、もともと軽量なボディが、さらにひと回り軽くなったかのような、実に心地よい加速感を披露してくれる。一方ボディは、時代を先取りした剛性感を披露する傍ら、サスペンションはストロークの長さと有効な動きを感じさせる。しかも組み付け精度の圧倒的な高さのせいか、操作系の感触は非常に上質もので、ハンドリングはクイックながらもナチュラル。すべてが感動的なフィールを堪能させてくれたのである。 優れた競技車両のすべてが優れたロードカーではないことは歴史が証明しているが、フルヴィア・クーペHFは特別に傑出した一台と言えよう。 初出:ノスタルジックヒーロー vol.202 2020年10月号 (記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)
Nosweb 編集部
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