幼少期の性被害で「女の子らしさ」恐怖症に。当事者が語る、スカートの呪いが解けたきっかけと心の変化
漫画家の魚田コットンさんは、小学生の頃の痴漢被害や、義理の父親からの性被害により、可愛らしい服装や、「女らしさ」を求められることに抵抗感を抱いていました。母親は魚田さんに「女の子らしく」あることを求めつつも、魚田さんの容姿をからかってきました。大学生になって心優しい男性と出会い、その後、結婚・出産します。「スカートを履けない呪い」は続くものの、あることがきっかけで「呪い」は解けます。その経緯が描かれている『スカートの呪いが解けるまで 幼少期からの性被害が原因で女らしさ恐怖症になった私』(はちみつコミックエッセイ)。魚田さんに当時のことを振り返りながらお話していただきました。 〈漫画〉『スカートの呪いが解けるまで 幼少期からの性被害が原因で女らしさ恐怖症になった私』(はちみつコミックエッセイ) ※具体的な性暴力の話を含みますので、体調とご相談してお読みください。 ■「女の子だから」ダメなの? ――「女らしさ」に関して、どのような違和感を覚えていたのでしょうか? 母親や学校の先生から「女の子らしい」振る舞いをするよう、よく言われていました。男の子が乱暴な言葉遣いをしたり、足を開いて座っていても何も言われないのに、私が同じようにすると怒られていた記憶があって、「なんで女の子だと許されないんだろう」ってずっと思っていました。 スカートやひらひらしたものなど、「女の子らしい」服装も苦手でした。私は身体を動かすのが好きだったので、ズボンやトレーナーみたいに動きやすい服を好んでいたのですが、母や祖母は私に「女の子らしい」格好を求める。「着たくない」と言ったら怒られるので、嫌々着ていたこともありました。 年頃になると「オシャレをしたい」という気持ちが芽生えてきて、抵抗がありつつも、可愛らしい格好をしたいと思い始めました。でも母親の再婚相手である義理の父親が、スカートを履いていると「パンツ見えてる」などとからかってくるので、可愛い服を着るのが恥ずかしくなってしまって、すぐに「女の子らしい」服は着なくなってしまいました。 ――恋愛をするなど、「普通」の生活をすることへの憧れがありつつも、「女」として見られることへの抵抗感があったことについて、今振り返ってどのように分析していますか? 自己肯定感がすごく低かったからだと思います。外では「普通」の生活を送っている風を装っていて、片思いの男の子がいる話で友達と盛り上がることもありました。でも実際に私が好きな男の子が、自分に好意を向けてくることはないだろうと思っていたんです。「素敵な男の子だから、そんな素敵な人が自分なんかを好きになるわけがない」と。だから自分の恋は叶わないと思っていました。 一方で、私のことを「好き」と言ってくれる男の子もいました。でも「私なんかを本気で好きになる人はいない。好意の裏があるのではないか」と相手を信用できませんでした。 それは今振り返ると、義理の父親からの性暴力が原因だったと思います。「自分の身体が汚れている」という感覚をずっと持っていて、「私には変な人を寄せつける何かがあるのではないか」と自分を疑い続けていました。 だからこそ、自分のことを好きになる人のことが余計に信じられなくて。私が魅力的に感じていたような素敵な人はきっと、私が持っている「変な人を寄せつけるオーラ」が見えているので、私のことなんて好きにならないだろうとも思い込んでいました。 その後、大学のサークルで出会った先輩と交際し、結婚しました。先輩のことも最初は疑っていたのですが、具合が悪ければ気遣ってくれたり、料理が苦手など「女の子らしい」ことができなくてもバカにされたりもしないし、「どんな服装してても、コッちゃんはコッちゃんだからね」と言ってくれたり。時間の積み重ねの中で先輩との時間に温かさを感じて、信じられるようになりました。ただ、スカートの呪いが解けたのはもう少し後のことです。 ■以前は被害に遭った自分を責めていた ――本書では、性暴力のニュースを見たときの心の動きについても描かれていました。 性暴力のニュースを見たときはすごく腹が立って、極端な言い方をすれば「加害者は全員去勢すればいいのに」くらいの勢いで怒っていました。 同時に性暴力の告発をする女性を見て、「そんな人と二人っきりになる女性も悪い」「自衛できていないのに」と被害女性を責めながら、自分の過去の性被害とも重ねて、自分のことを責めてもいました。 ――その後、性行為を紅茶にたとえた「Tea Consent」(※)の動画に出会ったのですよね。 SNSで拡散されていたのを機に動画を知りました。その頃は既に結婚して、子どももいたんです。悪いのは義理の父だとなんとなくわかってはいたものの、「もっと良い方法があったかもしれない」と考え、義理の父から性暴力を受ける状況を避けられなかった自分を責め続けていました。 でも、動画を見て大きく考えが変わりました。二人っきりになったからといって、性行為に同意したわけじゃないし、同意がないのに性行為に及んではいけない。本当の「同意」とはどんなことかもわかって、目が覚めた感覚でした。動画を見たことが自己否定の呪いを解く一番の鍵になりましたし、被害に遭った人たちも、被害に遭った私も、何も悪くないと思えるようになりました。自分の性被害の経験を描き始めたのはそれからです。 ――その後、スカートが履けるようになったのですよね。ただ、結果的にはスカートを履くことはあまりないとのことですが、どんな心の動きがあったのでしょうか? 呪いが解ける前は、周りから変に見られないかばかり気にしていて、自分に制限をかけていました。「30歳すぎたおばさんがこんなの着ていいのかな」などと、「年相応の母親らしい服装」を意識していて。でも何か言われたとしても、言ってくる方がおかしいのだからスカートを履いてみようと思うようになりました。 結果的にスカートはあまり好きじゃなくて、たまに履きたいと思うときはあるものの、動きやすい服装の方が好きです。以前は「派手すぎるのって年齢的にも母親としてもダメかな」と思っていた柄物も、今は選ぶようになりました。客観的に見たら、状況は大きくは変わっていないかもしれないのですが、自分の心境としては、自分が好きだと思える服装を選んで着ることによって、すごく晴れやかな気持ちになりました。 今は「自分が好きなものを着ればいい」という軸を持つことができて、オシャレに関して今までで一番楽しいです。 ■過去の自分を癒す作業 ――本書を描くにあたって、記憶を掘り起こす作業の中での苦労も描かれていました。魚田さんにとって、「過去を振り返ること」にはどのような意味がありましたか? 漫画にするとなると、読者に伝わるように描く必要があるため、俯瞰的に自分の生い立ちを見ることになります。無意識下で考えていて、自分でも気づいていなかったことが言語化されました。思い出すのがつらいこともありましたが、気持ちの整理をするのには大切な時間でした。 性暴力の経験は最初にブログで発信しているのですが、そのときが一番つらかったです。誰にも言ったことがなかったのですが、言っていないことにも後ろめたさを感じていたので。元々子育てブログから始めて、読者さんに「良いお母さん」だと見ていただいていたのですが、当時は自分が汚れているという感覚があったからか、「本当はそんなに良い人じゃないのに」と抵抗感があったんです。でも性暴力の経験を描いて、読者さんに対して隠し事がなくなったような感覚で、描くのは大変でしたが、スッキリとした気持ちになりました。 本書では担当編集さんから、「あの頃の自分にオシャレをさせるとしたら」というテーマで、小学生・中高生・大学生・大人の4つの世代で、自分にスカートを履かせてみるという絵のリクエストをいただきました。私はすごく現実的な性格なので、最初は「そんなことをして何の意味があるんだろう」と思ってしまったのですが、結果的には過去の自分を癒す時間になって、改めて「こんなに過去の自分は傷ついていたんだ」と気づく時間にもなりました。 ――一番伝えたいことは「あなたはあなたらしく自由に笑って幸せになっていい」と書かれています。魚田さんは自分らしさに向き合ったうえで、ご自身にどんな変化がありましたか? 「母親ならこうすべき」「女ならこうしなきゃダメ」といった、なんとなく決められた規範に対して、疑問に思うことが増えました。たとえば毎日料理をしているのですが「なんで共働きなのに、私だけが毎日料理を担当しているんだろう」とか。苦手なものは苦手だし、自分に合わない「○○なら~すべき」というものを、全部取っ払いたいという思いがあります。 とはいえ、未だに自己肯定感は低いと思うんです。「上手くいくことなんてそうそうないから」と諦める傾向や、保険をかける気持ちはまだ残っています。今でも上手くいくことの方が少ないと思いますが、自分の心に正直になり、やりたいことをできるようになって、楽しい人生を送れるようになったと感じています。 ※レイチェル・ブラウン氏が2015年に制作したアニメーション動画。日本語版は函館性暴力防止対策協議会が作成し、YouTubeで「Consent – it’s simple as tea(日本語版)」というタイトルで公開されている。 【プロフィール】 魚田コットン(うおた・こっとん) 山口県在住の漫画家。 既刊に『家族、辞めてもいいですか?』(KADOKAWA)、『母の再婚相手を殺したかった 性的虐待を受けた10年間の記録』(竹書房)。 インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ