南海トラフ地震「臨時情報」のお粗末な科学的根拠 責任が及ばないよう対策は自治体や企業に丸投げ
「地震学の存在意義が失われ、観測網も必要ないという流れになるのは、怖い」 ■予知の流れを汲む「臨時情報」 南海トラフ地震臨時情報(以下、臨時情報)も、地震予知と無関係ではない。阪神・淡路大震災での予知失敗後も大震法は残り、東日本大震災後の2013年、政府はようやく「地震予知は困難」と認めた。 2016年からは大震法の見直し検討が開始されたが、当時新聞の社説などでは、予知ができないにもかかわらず、予知を前提とする矛盾が40年も続いていたことから、廃止を求める主張が目立った。だが結局、大震法は廃止されず、警戒宣言の代わりに臨時情報が生まれた。
なぜか。『日本の地震予知研究130年史』の著者で科学ジャーナリストの泊次郎氏はこう見る。「大震法は各省庁の予算と人員の確保や有力な地震学者が研究予算の配分に影響力を持つうえで役立ってきた。同様の仕組みを残すことで継続して影響力を持てる」。 また、政府から臨時情報について検討する委員会の座長就任を要請されるも辞退した関西大学の河田恵昭特別任命教授(防災・減災学)は、大震法見直しの目的を「訴訟回避のためだった」と話す。
「南海トラフでは確実に行政の手が回らない。だが、大震法の枠組みでは予知が可能なことになっている。南海トラフ地震が予知なく発生し、対応が後手に回ったら、予知を怠った政府の不作為が問われる可能性があった」 だが、政府は臨時情報を作り、大震法を残す方針を示した。「予知体制を維持するために科学的根拠もない臨時情報を出すべきではない」と座長を辞退した河田氏は、大震法を残した理由についてはこうみる。 「大震法廃止となれば今の担当局長や参事官が矢面に立たされる。彼らは2年も経てば異動なので、それまで耐えればよかったのだろう」
臨時情報は必要性に迫られてというより、さまざまな思惑が絡み合い誕生した側面もある。制度として甘い点は多い。 まずはお粗末な科学的根拠だ。巨大地震注意の科学的根拠は、1904~2014年に実際に発生した世界の地震データだ。マグニチュード7の地震後、7日以内にM8以上の地震が起きた例は1437回中6回(約0.5%)だった。これだけだ。 しかも、これらの事例は南海トラフのような海溝型だけでなく、内陸での地震などさまざまメカニズムの地震を含んでいる。近代的な観測がされているデータも1970年代以降のものだけだ。前出の名古屋大・鷺谷教授は「この統計は南海トラフ特有の現象ではなく、大きな地震が起きやすいという、もともとあった地震学の常識を表しているに過ぎない」と語る。