「北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ」40周年。堀井雄二氏が原作とシナリオを担当した本作と共に、幻となった他2作品を合わせて振り返る
今やゲームジャンルというのは多岐にわたり、もはや一言で表せるもののほうが少ない。しかし、日本にコンピュータゲームが流行り始めた40年ほど前のジャンルといえば、アクションにシューティング、ウォーシミュレーション、そしてテーブルゲームといった程度。今や当たり前にあるRPGですら、まだまだ目新しいものだった。 【画像】大ヒットとなった「ポートピア連続殺人事件」だが、氏が手がけたのはこれが最初ではない。第1作目はグリーン上をただ点が動くという「ゴルフゲーム」で、その後に雑誌の取材でエニックスに行ったとき、プログラムを作っているという話をした流れからソフトを募集しているコンテストへ応募してみようとなり、入選したのが「ラブマッチテニス」となる。これは、そのコンテストで入選した作品が載った広告だ では、その時期に何が流行っていたのか? それは1983年頃から加速しだした新規のジャンル、アドベンチャーゲームだ。本稿では、そのうちの1タイトルとなる、1984年12月21日に発売された「北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ」が本日2024年12月21日で40周年を迎えるということで、ゲーム本編だけでなく幻となった「九龍の牙」と「白夜に消えた目撃者」の2作品と共に取り上げてみた。 ちなみに、1984年にはあの名作「サラダの国のトマト姫」なども登場するが、そんな時代のアドベンチャーゲームのシステムといえば、画面に表示された「どうする?」に動詞を、「なにを?」に名詞を入力するといった、定番のコマンド入力方式だった。 この方法は、該当する単語に引っかからないと「できません」というエラーが返ってきて悩んでしまい、先に進めなくなるというのが欠点だった。それでも当時のプレイヤーたちは、正解の単語を探し出し、同時にゲームに仕込まれた謎を解きながら進めていき、クリアを目指したものだ。 そういったアドベンチャーゲームの中でも、一際人気があったのがミステリもの。中でも、2024年12月17日に文化庁長官表彰を受賞したことが記憶に新しい、堀井雄二氏の手によって産み出された、エニックス(当時)から1983年夏に発売された「ポートピア連続殺人事件」は、非常に高評価を得ていた。 「ポートピア連続殺人事件」の優れたところは、行き先を指定して直接その場所へ向かうというところ。当時のアドベンチャーゲームは、迷子にならないよう方眼紙にマップを描き、それを見ながら東西南北あるいは前後左右に移動するのが一般的だった。しかし、「ポートピア連続殺人事件」は、そのような方式を採用していない。その理由が当時の雑誌インタビュー記事を見てみると書かれており、実は堀井氏がマップの考え方がわからなかったためだった。 これに関しては、「行きたい場所にすぐ行けるのが当たり前でしょ。地名が分かっているんだから、迷っていてはしかたがないですから」と、答えている。「とにかく、物語を作りたかったんですね」ということで、場面がスピーディに切り替わる、この方式と相性が良かったようだ。 ■ 舞台は神戸から北海道へ。ロケハンを組んで取材を行なった成果が製品になった「オホーツクに消ゆ」 こうして完成した「ポートピア連続殺人事件」は大ヒットを記録することとなったのだが、このときに次回作を聞かれた堀井氏は、こんな話をしている。「構想がまとまりつつあるのに『北海道誘拐地図』という、タイトルまで決まってるのがあるんですよ」と。 その作品に向き合っていた1983年9月、アスキー(当時)から発売されていたパソコン情報誌「LOGiN(ログイン)」編集部から「北海道へ取材に行きませんか?」との連絡があり、渡りに舟とばかりに乗ることに。そうして北海道各地を取材し、最終的に完成したのが40年前の今日発売となった「北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ」だ。 発売日となる12月21日に登場したのは、NECのPC-8801版とPC-6001mkII版。翌年にはNECのPC-9801版と富士通のFM-7版がリリースされ、最後にMSX版が発売となっている。発売日に一番近い「LOGiN」1985年2月号では「「オホーツクに消ゆ」はこうして作られた!」という記事も掲載されたのだが、そこでの紹介文句として「土曜ワイド劇場とか火曜サスペンス劇場をパソコンゲーム化した……「オホーツクに消ゆ」はそんな新しいアドベンチャーゲームだ」と書かれており、それまでの凡百なアドベンチャーゲームとは一味違う、という意気込みが強調されていたのが印象的だった。 本作のあおり文句としては、「画面数80枚、シーン数200、描画速度は5秒!」というのもあったのだが、今の時代で1画面を描ききるのに5秒かかると言われれば、その遅さに驚くだろう。これは、当時としてもやや遅い方ではあったが、それを補って余りあるシナリオの面白さがあったので、あまり問題にされなかったのかもしれない。 そんな「オホーツクに消ゆ」は、パッケージイラストを末弥純氏が、あまりゲーム本編には関係がないと思われる“北海道観光マップ”のイラストを横山宏氏が、それぞれ担当していた。前作「ポートピア連続殺人事件」では、グラフィックやプログラムも手がけた堀井氏だが、今作ではそれら作業には一切タッチせず、原作とシナリオのみに注力している。そんな氏によって作られた物語は、以下のようになっていた。 ストーリー 「さて、なにから話したものやら……」老人の重いクチから、しだいに事件の全貌が、明らかになりつつあった。部下の猿渡俊介が供述調書を書き進めている。思えば、何と悲惨な事件だったのだろうか……。1週間……、たった1週間のあいだに、7人もの人間が死んでしまった。 もう少し、うまくたちまわっていれば、あるいは、この内の何人かを救えたかも……。いや、言うまい。ともかく、やっとここまでたどりついたのだ。 私は、内ポケットに1本だけ残っていた煙草をとりだしながら、これまでの捜査のことを思い出していた。 そう。あれは1週間まえ。東京湾、晴海埠頭にあがった男の死体。それがこの事件の発端であった。 単純な殺人事件。酔っぱらい同士のケンカで一方が殺してしまったとか、あるいはヤクザ同士の抗争が原因。おおかたそんなところだろう。現場にむかうパトカーの中で、私はそんなふうに考えていた。 それが、オホーツクを舞台にした連鎖殺人になっていこうとは、いったい誰が推測できたであろうか……。 煙草に火を付ける。気のせいか、煙が妙に目にしみる。すべては、あの東京湾での殺人がはじまりだった。さて……、なにから、お話したものやら……。 プレイヤーは、この事件を担当する警視庁捜査一課のベテラン刑事・新田哲二(愛称・ボス)として、東京湾にあがった男の死体を発端とした事件を調査し、真相に迫っていくのが目的だ。 ゲームを起動すると、まるで火曜サスペンス劇場のプロローグのような演出が入り、早速捜査開始となる。本作はアドベンチャーゲームではあるものの、この当時にオーソドックスだったコマンド入力方式ではなく、目新しかったコマンド選択方式を採用していた。そのため操作は非常に簡単で、テンキーまたはフルキーの数字を押すだけだ。 こうしてコマンドを試していくと、殺される数日前に被害者が高田馬場のキャバレーに足を運んでいたことが判明する。訪ねると、彼についた女の子・ルナから、高田旅館に泊まっていたことを聞き出すことができる。早速、近くにあった高田旅館に向かうと、そこには被害者のカバンがポツンと残されていた。中を調べると、彼の住所と名前が書かれたハガキが見つかり、それを手がかりに舞台はいよいよ北海道へ……。ここで初めてゲームタイトルが登場するという演出は映画ライクであり、当時としては驚かされたものだ。 ここからは北海道を舞台に、30人にも及ぶ登場人物たちと出会いながら各所を回って情報を集め、真相へと迫っていくこととなる。最初に向かうのは、増田の実家である釧路。そこから大川町に向かうと、子供を背負った増田の奥さんと出会う。写真を見せると、昔世話になったという飯島幸男なる人物から50万円をもらったという話がポロリと。 それならば飯島から話を聞かなければとなり、今度はその人物がいるという北浜へと出向くことに。ここでのボスの移動は電車だが、ロケハン記事によるとロケ時は「警察ならば警察車両で移動すると考え全行程、車での移動にした」そうだ。 こうして到着した北浜駅で話を聞くと、今度は飯島の死体が浜にあがったと聞かされる。ゲームとはいえ、こんな短時間に2人目の犠牲者が出るなんて……。しかも、殺された飯島の息子に増田の写真を見せると、札幌すすきのにある店のオーナー、源さんだと言う。それならばと、札幌すすきののお店コロポックルへ行ってみれば、カウンター越しに確かに増田とよく似た男の源さんという人物がいる。これは一体? いったん手がかりが途切れたこともあり、他にめぼしそうな場所を訪ねてみた。摩周湖では、憂いのある表情を見せる謎の女性、野村真紀子に出会うものの、特に事件のことを知っている様子はない。飯島がつぶやいた紋別という言葉から紋別へ行くものの、こちらも何も無いようだ。 悩みながらあちこち移動していると、第3の殺人がプレイヤーの耳に飛び込んでくる。今度は、網走港で水死体が上がってしまったようだ。被害者は大手スーパーの社長・白木雄九郎で、駆けつけた社長秘書の坂口によれば、摩周湖へ旅行すると言って出かけたとのこと。それがなぜ、網走で死体になってしまったのだろうか。 しかも秘書に飯島の写真を見せると、どうやら白木の古い知り合いらしく、忘れてしまったがもう1人の人物と一緒に3人で会ったことがあると白状する。となれば、ここまでの3人は同一犯人による犯行ではないのか? それとも……そう考えていた矢先に第4、第5の死体が発見され、さらに事件は混迷の度合を深めていく。 ネタバレを回避するためゲーム展開の紹介は序盤から中盤にかけてまでとするが、ここから先はこれまで以上に盛り上がることに。あちこち聞き込みに回っていくと、それまでは点でしかなかった情報が、少しずつ線になっていくのだ。こうなると、一気に話も面白くなっていき、あとはノンストップで犯人に迫るだけ。仕事でプレイしていたつもりが、途中からは普通に推理しつつしっかりと遊んでしまったほどドハマりしていた。 ■ 堀井氏が手がけたミステリー3部作になるはずだった、他の2作品とは 堀井氏は「ポートピア連続殺人事件」全般、「オホーツクに消ゆ」の原作とシナリオ、そして後にエニックスから発売された「軽井沢誘拐案内」のシナリオを手がけているが、本作のみ発売元がログインソフト/アスキーと異なっている。そもそも、本来はログインソフトブランドだけでミステリ3部作となるはずだったのだ。現地へのロケも行なわれたものの残念ながら発売には至らなかったため、堀井氏が関わっていながらも知名度は低い他の2作を、せっかくなので当時の資料と共にこの機会に紹介しておこう。 第2作目となるはずだったのは、1984年にロケを行なった、香港を舞台にしたニュータイプのアドベンチャーゲーム。カンフー・ロールアドベンチャーというジャンル名が与えられており、そのタイトルは「九龍の牙」だ。主人公となるのは、中堅商事会社に勤務する平凡なサラリーマンの古東洋志。 彼は翌年に結婚するはずだった恋人の森本久美子がいたのだが、彼女は独身の思い出を作ろうと女友達と香港に旅行へと出かけ、ホテルにスーツケースを残したまま忽然と消えてしまう。その事件から半年後、彼女に似た人物を見たという知らせが知人から届いた古東は、恋人を探しに単身香港へと乗り込む。 ところが、主人公の恋人である森本は、古東と再会直前にゲーム半ばで自ら命を絶ってしまう。彼女の死に人身売買組織が絡んでいることを知った古東は、組織に復讐すべくカンフーの必殺技をマスターし九龍の街を暴れ回る。いつしか人々は、彼のことを“九龍の牙”と呼ぶようになっていた……。 このようなプロローグで物語が始まるのだが、1984年7月8日に発売された「LOGiN」1984年8月号に掲載されたロケハン記事を読むと、この時点で堀井氏は「答えが分かっていてももう一度、そこまでの過程を楽しんでみたいと思わせるゲームができないかと、そのことばかり考えていた」そうだ。そこで「これまでのアドベンチャーゲームでの主人公は性格付けがなされていなかったが、本作ではRPGの要素を取り入れてゲーム中に主人公が成長するようにする。こうして、ある程度の性格をこちらから押しつけてしまおう」というところに思い至り、「九龍の牙」に取りかかっている。 これはどういうことかというと、アドベンチャーゲームなら開けるのにカギが必要なドアの場合、そのカギがなければ先へ進むことができなくなるが、RPGの要素が入れば時間はかかるものの主人公を成長させることでドアが破壊できるようになり、ゲームを進められる、という具合。行き詰まりをなくし、ほとんどのことは時間と金で解決できるようなゲームシステムを構築していたそうだ。 もし本作が発売されていれば、パソコン業界のRPG観は変わったかもしれない。もしかしたら、堀井氏が「ドラゴンクエスト」シリーズを手がけなかった世界線が爆誕していたかもしれないが、今となっては永遠に答えは出ないだろう。 第3作目となる予定だったのは、「ソヴィエト殺人ツアー 白夜に消えた目撃者」。「九龍の牙」は、ニュータイプアドベンチャーとしてRPG要素を併せ持つ作品として考えられていたが、こちらは純粋なアドベンチャーゲームを目指していたようだ。ロケハンが組まれたのは1985年の夏で、ロケハン記事は1985年10月8日に発売された「LOGiN」1985年11月号に掲載となっている。 過去2回のロケハンは堀井氏と関係者のみだったが、このときは行き先がソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)ということもあり、15日間ソ連一周の旅という団体ツアーに参加。32人+添乗員1名の合計33名で回ったそうだが、ゲームに登場するのは全部で19人を考えていたそうだ。 物語は、団体ツアーの中で偶然に出会ってしまった2人のうち、1人が死んでしまうというもの。その犯人は、殺人現場を主人公に見られたと勘違いし、命を狙ってくる。しかし、そこはソ連。周りには、KGBの影もちらつく。プレイヤーは逃げながらも手がかりを探そうとするが、ツアーという性格上、手がかりを得ようが得まいが旅行のスケジュールだけは刻々と進んでいく……。 ちなみに、1986年2月にはシナリオ第1章の第1稿が完成していて、第2章以降もプロットができあがっていたと、「オホーツクに消ゆ」生誕秘話に書かれている。しかも、本作は入手した情報が十分でなかったときは、ツアーの特定日からやり直せるというシステムも考えられていたそうだ。そのため、完成までこの時点から1年ちょっとかかっても不思議じゃないと、堀井氏が発言したとのこと。そういったこともあってお蔵入りになり、代わりにファミリーコンピュータ版の「オホーツクに消ゆ」製作が始まったそうだ。 しかし筆者的には、やはり「白夜に消えた目撃者」が発売されていた世界線を熱望してしまう。もしリリースされていれば、当時の雑誌では「鬼才! 堀井雄二先生の最新ミステリアドベンチャーが登場! 面白いゲームはRPGだけではない!」という感じで特集が組まれ、大勢のパソコンユーザーがプレイして大ヒット作になったかもしれない。 とはいえ、パソコン版「オホーツクに消ゆ」の発売本数は2万本弱ということなので、それを考えれば上記の決定は致し方ないのだろうが、本当に残念だ。 ■ 40年経った現代にプレイしても、「オホーツクに消ゆ」のシナリオはまったく色褪せず 違う世界線であれば、堀井雄二ミステリー3部作は「オホーツクに消ゆ」、「九龍の牙」、「白夜に消えた目撃者」だったかもしれないということで、「オホーツクに消ゆ」40周年に合わせ未発売の2作品も取り上げて紹介してきた。 今回の記事作成に際して「オホーツクに消ゆ」を再度プレイしたのだが、やはり面白い。ストーリーの盛り上がり方が2時間ドラマのようになっているので、ストーリーが進むにつれて勝手にテンションが上がっていくのだ。リアルタイムで遊んでいたときは今ひとつ面白さがわからなかったのだが、人生経験を積んだ今では、背後に隠されたドラマを含めて楽しむことができた。似たような世代の人であれば、現在プレイする方が間違いなく面白さを感じ取れることだろう。 2024年9月12日には、ジー・モードから新作エピソードも収録したリメイク版が登場しているが、やはりオリジナル版も体験して欲しいところ。実機でプレイするのは難しいと思うが、今ならばプロジェクトEGGにて配信も行なわれているので、部下の猿渡俊介と共に事件を解決して、物語の裏に仕掛けられていた巨大な闇を暴いて欲しい。
GAME Watch,音無欒