[特集/改革者クロップの軌跡 02]リミッターを外し、強者を倒すサッカー クロップが追い求めた情熱のゲーゲンプレッシング
窮地に追い込むことで選手たちが限界突破
では、クロップ戦術の「雑さ」は何をもたらしたのか。シティとの最後の試合、切磋琢磨してきたグアルディオラ監督との対決はドローだった。シティのプレッシングに対して、ボールを奪われないくらいリヴァプールの質は向上していた。ただ、シティの苛烈なプレスの前に、リヴァプールはそれをパスワークで外して前進することはできていない。そのかわり、GKのロングキックで一気に状況を変えている。 リヴァプールの自陣でのパスワークに対して、シティは地の果てまで追い込むようなプレスをみせていた。フィールドプレイヤー10人をマンマークしていく。しかし、その前がかりな守備をロングキック一発で通過すると、前線は広大なスペースでの2対2になっていた。そしてリヴァプールが2度連続でチャンスを作ると、シティのプレスは鎮静している。技術という質で外し切ったわけではなく、ロングボールに強いダルウィン・ヌニェスに象徴される個のフィジカルでシティをたじろがせていた。 この試合では「偽CB」を使って中盤に数的優位を作ったシティに対して、遠藤航がケビン・デ・ブライネとベルナルド・シウバを監視するという無理難題が丸投げされている。前線のプレス人数を減らしたくないために中盤にしわ寄せが来ていたのだ。CBを1人前に出せば数的不利は解消されるが、そうするとアーリング・ハーランドともう1人のCBが1対1になるリスクがあり、実際にフィルジル・ファン・ダイクがフィールド半面でハーランドと1対1になる場面もあった。
ヌニェス、遠藤、ファン・ダイクへの課題の投げ出され方はいかにも「雑」だ。「そこは君が頑張れ」と丸投げされているに等しい。しかし、それによって彼らのリミッターが外れたようにみえた。全力でやらなければとうてい無理な状況で、持っている能力が全開になっていた。 クロップは自らのサッカーを「ヘヴィ・メタル」に喩えている。それはエネルギーのサッカーだ。とてつもないハードワークが要求されていて、労働環境は真っ黒なブラック企業といっていいかもしれない。しかし、彼の選手たちは嬉々として、熱狂的な情熱とともにそれを実行してきた。 アンフィールドのベンチ前ではクロップの躍動する姿が常に見られた。誰よりも情熱的で、サポーターを煽りに煽る。リミッターを外せと言っているようだった。おそらく選手たちが自らの能力を制限解除して味わった快感を、アンフィールドの人々にも求めているのだろう。 何が起こるかわからないし、何でも起こせる。カオスを誘発し、それで優位性をとる。そのための「雑さ」。それを支える途方もないエネルギー。人との境界線を無造作に飛び越えていける司会者は、選手とファンと町のリミットを越え、拡張し続けたのだ。 文/西部 謙司 ※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)第294号、6月15日配信の記事より転載
構成/ザ・ワールド編集部