[特集/改革者クロップの軌跡 02]リミッターを外し、強者を倒すサッカー クロップが追い求めた情熱のゲーゲンプレッシング
ボールを奪った直後、相手チームは不安定になる。守備と攻撃ではポジショニングが異なるからだ。守備では相手をマークするが、攻撃ではマークから逃れなければならない。ボールを奪った直後はその狭間になる。ゲーゲンプレッシングはその不安定な瞬間を狙い撃ちにするわけだ。攻撃に移ろうとした瞬間にボールを失えば、すでに攻撃のためのポジションをとろうとしているから即座に守備を再構築できない。つまり、敵陣でプレッシングを成功させると、それだけで相手の守備は半壊状態になっている。崩す手間はかなり省ける、崩すための特殊能力者もとくに必要としない。 ボールを保持して攻撃することを前提としている強者に対して、ゲーゲンプレッシングはより効果を発揮する。個々の能力、年俸で大幅に上回っているバイエルンだったが、ドルトムントの奇襲に屈し、2年連続でチャンピオンの座を明け渡した。クロップは従来の価値観とは違う価値を提示した。市場で高価な選手を集めるだけがすべてではない。強者と思われている相手でも倒すことができる。この事実は圧倒的多数の持たざるクラブを大いに勇気づけたに違いない。
戦術の根底にある「雑さ」 質より量で相手を苦しめる
ゲーゲンプレッシングの理屈は単純である。ただ、これを実行するにはハイレベルな体力、走力、集中力が不可欠なのはいうまでもなく、いつプレスしないかの判断、カウンターのカウンターを受けた場合のスクランブル対応など、いくつものハードルがある。したがって、緻密さが内包されているし、規律も要求される。 しかし、クロップの戦術はある種の「雑さ」が根底にあるのだ。 敵陣でボールを奪うには、敵陣にボールがある必要がある。そのため、まず敵陣にボールを入れることが優先されるのでロングボールが多用された。
首尾よく敵陣で奪えばチャンスだが、1回で仕留められず、相手が守備を再構築した場合でも波状攻撃を仕掛け続ける。そもそも一発で仕留めようとは思っていない。クロスボールの連発など、相手が息をつく間もなく攻め続ければ、第二第三のゲーゲンプレッシングが可能なので、ガードの上からでもパンチを打ち続けることが重要なのだ。 簡単にいえば「質より量」。相手の守備を完全に崩そうとするのではなく、崩れるまで攻め続ける。何回ゴール前にボールを入れられるか、数撃てば当たる方式である。 リヴァプールを率いてからは優れた選手も獲得していき、すべての精度が上がった。最終的には質を極めてきたマンチェスター・シティにも劣らない質の高さを身に付けるに至っている。ただ、基本に「雑さ」があるのは変わりなく、「雑の質」を上げ続けた結果だろう。