「セブン」「イオン」の値下げを喜んではいけない…“安さは正義”が招いた大失敗を忘れるな
物価高が日本の家計に重くのしかかるいま、多くの小売企業が“値下げキャンペーン”を打ち出している。これを歓迎する声もあるが、消費経済アナリストの渡辺広明氏は違う見方だ。「味玉を足すべき」と主張する、その理由とは――。 鈴木奈々が語る「コンビニとコンドーム」 日本で一番売れる店舗とは ***
日本のGDPの6割弱を占める個人消費は、日本経済の重要項目。現在、ここが正念場を迎えている。 値上げラッシュや総選挙、アメリカ大統領選……。経済が不安定な今、消費者は来年の春闘の賃上げまでが踏ん張りどころだろう。この先、賃金と物価の上昇がうまく噛み合えば、日本は長きにわたったデフレから脱し、経済が回復する可能性が高い。 しかし、こうした状況で、平成デフレの勝者だった大手小売企業は、PB(プライベートブランド商品)による薄利多売戦略を始めている。 たとえばセブン-イレブンは、コンビニの割高感の払拭を狙い、PBを「うれしい値!」商品として、手頃な価格で打ち出している。8月にはおにぎりなど約20品目に限られていたが、9月末までに飲料やお菓子など270品も対象商品になった。 ホームセンターの最大手カインズも、昨年から値下げ施策の「くらし応援イチ推し SUPER LOW PRICE」に取り組んでいる。10月23日からは第7弾が実施されており、長期にわたっていたキャンペーンとなっている。 また、イオンも、10月末までにPB「トップバリュ」の価格を据え置いたまま増量する。実質的な値下げである。数量限定ながら、約100品が対象。さらに11月中旬からは、一部商品の値下げを実施するという。 いずれの企業も、製造の効率化や物流の最適化、パッケージ容器の見直しなどの企業努力で値下げを実現しているとのことだ。しかし、平成デフレの企業の動きと、構造的に似ていると感じるのは、筆者だけだろうか。
平成デフレでの失敗
平成デフレでの消費や流通の流れを、ざっと振り返っていこう。 平成デフレでは、高齢化の進行や社会保障費の増加、賃金が上がらない状況ゆえ、庶民が自由に使えるお金である可処分所得が増えなかった。そのため“安さこそが正義”と企業や消費者が信じて疑わなかった。 企業は価格を下げるために、製造拠点を賃金の安い中国や東南アジアに移管した。その結果、国内のものづくりは空洞化したのだ。 例えば、衣料品の国産の割合は1990年には50.1%だったが、2022年は1.5%まで落ちている(日本繊維輸入組合「日本のアパレル市場と輸入品概況2023」より)。高度経済成長で豊かになったため、国内では低賃金でのものづくりができなくなったという側面ももちろんあるが、平成デフレによって、国内で衣料品を製造している人の多くは仕事を奪われた。 一方、海外移管することで、特定の商品に特化した「カテゴリーキラー」と言われるSPA(製造小売)は躍進。大手小売も寡占化が進んだ。各企業の専売商品、いわゆるPBが主流となり始めたのもこの時期である。自社工場を持たない各企業は、圧倒的な販売力によるバイイングパワーを盾に、OEM(委託製造)や大手メーカーで商品を製造し、低価格を実現していったわけだ。 現在、中小企業の賃金アップのために商品への価格転嫁が叫ばれているが、当時はその真逆のパターンだったといえる。これでは、経済が上向くはずがない。 今回発表されている各社のPBの値下げも、この動きに似ている。各企業は“効率化”で実現した値下げだというが、大なり小なり、製造や物流を担う下請け企業に無理を強いて成り立っている施策なのではないか。だとすれば、まさに平成デフレへの逆戻りだ。これでは、中小企業の賃金が抑制されることにもなりかねず、経済回復が遠のく。消費者としても、“値下げ”を喜んでばかりではいられない。