映画館の2階で〝名前のない鍋〟 監督のレシピで作りたくなって…初めて買った丸鶏
みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。 いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。 「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。 今回は、都内で誰もが楽しめる映画館「ユニバーサルシアター」を運営している女性のもとを訪ねました。 【画像】丸鶏に詰めたニンニク24個…鶏だしが食欲を誘う サムゲタンはこちら <平塚千穂子(ひらつか・ちほこ)さん:1972年、東京都北区生まれ。旧姓、稲葉。早稲田大学卒業後、飲食店、映画館勤務を経て2016年に「誰もが安心して映画が楽しめる」ユニバーサルシアター『シネマ・チュプキ・タバタ(https://chupki.jpn.org/)』を設立。現在は夫と都内に暮らす。著書に『夢のユニバーサルシアター』(読書工房)がある>
「サムゲタンを作ってみたくなったんです。丸鶏なんてはじめて買いましたよ!」 軽く興奮した口調で、平塚千穂子さんは迎えてくれた。 いろんな方々の鍋を追うこの連載も30回以上になるが、両手で具材を持って見せられたことはなかったなあ。 サムゲタンは韓国の料理で、鶏をじっくり煮込んで作られるスープ。塩をメインとしたごくシンプルな味つけが特徴だ。 「高麗人参も丸鶏もネットで買えるものですね、便利。丸鶏が入る鍋もないから、実家に寄って持ってきました。にんにくを鶏の中に入るだけ詰めて、高麗人参、なつめも入れて4~5時間煮る……というレシピ。まずはにんにくの皮をむいていきましょうか」 にんにくの薄皮は、実はわりとむきづらい。手伝います、と申し出れば「あ、お願いします!」と平塚さんが笑った。 初対面でも、一緒に料理をやりながらだと打ち解けて話しやすいというか、距離が少し縮まる感じが毎回する。でもどうして、サムゲタンを作りたくなったのだろう。 「今うちで上映している『スープとイデオロギー』という作品が在日コリアンの方々のお話で、劇中何度もサムゲタンを作るんです。観ていたらすごく作りたくなって。取材のお話をいただいて、いい機会だとチャレンジしたくなりました」 そう、千穂子さんは東京・田端で『シネマ・チュプキ・タバタ』(以下、『チュプキ』)という映画館を営んでいる。 席数は20席、視覚や聴覚に障害のある人、そして「誰もが安心して映画を楽しめるユニバーサルシアター」がコンセプトだ。田端駅から徒歩7分、ビルの1階が上映スペースで、キッチン付きの事務所が2階にある。 「料理は好きなんですけど、映画館をオープンしてから忙しくて、家族と夕飯を共にすることがほとんどなくて。夫は私の仕事に理解があるのでありがたいです。というか家族の理解がなきゃ映画館なんて続けられないですよ(笑)」 鶏のお尻の部分からにんにくを詰めつつ、ちょっとやけくそ気味に平塚さんは笑って言われたが、手は止めない。 「にんにく、結構入るものですねえ……いくつ入りました? えっ24個! すごい! じゃあこれぐらいで縫いましょうか。たこ糸と針も買ってきました、裁縫はわりと私、得意なんです」 はじめて作るというのに、千穂子さんは上手にきっちりと縫われた。 あとは鍋に入れて水から煮るだけ。弱火ではなく中火がポイントとのこと。先の映画の監督が、くわしいレシピをプログラムに記しているのだった。