“しっぽ”は人間の成り立ちを解明する重要な鍵になる!
誕生前に消えるヒトの「しっぽ」
しかし中間期の化石はなお未発見。そこで再び「閃いた」。ヒトの妊娠期には一度「しっぽ」ができるが、誕生前に消失する。そこで「しっぽ」の喪失をヒトの発生過程から考えてみようと、発生生物学研究室の研究員となったのだ。 「妊娠7週目の胚子期まではヒトにも“しっぽ”が生えているのに、途中で止まるんですね?」 「途中で止まるというよりは、一旦つくられたしっぽが突然短くなります。わずか2日ほどで、およそ5対分の体節が消えますが、この現象を私は尾部退縮と名付けました。胚子期の終わりにはしっぽは完全になくなります」
「私の知人で“しっぽ”の生えた人がいる」
「体節数の減少のメカニズムとか、関与する遺伝子などはわかったんですか?」 「それを現在、研究中なんです」 東島さんが各地で講演をすると、後で必ず「私の知人で“しっぽ”の生えた人がいる」と報告しに来る人がいる。 だが東島さんによれば、これらはすべて「しっぽ」ではないらしい。医学的にHuman tail と呼ばれる先天異常はあるものの、そういった症例はいずれも体幹の延長構造ではないし、尾部退縮異常によるものでもなさそうだという。「しっぽ」の条件を満たさないのだ。 「Human tail の中には検査が不十分なまま単純に切ってしまうと時間が経ってから後遺症が生じる場合もありますが、私のところへ「しっぽがある」と進言される方のほとんどはおそらく、尾骨 (いわゆる尾てい骨) のサイズがやや大きいか、骨のカーブの程度が強い方だと思います。あまり心配される必要はありません」 結局、人間には「しっぽ」がないのである。 最近東島さんは、人文学の分野でも「しっぽ」に関する研究領域を拡大中だ。 『日本書紀』の神武天皇記には、東征の途中で「しっぽ」のある人物と出会う話がある。 井戸から現れた「井光 (いひか)」と巨岩を押し分けて現れた「磐排別 (いわおしわく) の子」、いずれも奈良県吉野地方の氏族の祖であるとされる2人に「しっぽ」があったというのだ。 「これは、まつろわぬ地方氏族の強さ、厄介さを有尾人という比喩で表現したものですか?」 「そうだと思います。ただし先天異常の可能性もゼロではない。“しっぽ”の生えた人間の話は世界各国にありますが、宗教など基盤となる文化によって評価は違ってきますね。西欧では“悪魔の子孫”と見られてネガティブですが、ヒンドゥー教のインドでは“ハヌマーン神(猿神)の化身”と考えられてむしろポジティブな評価です」 日本の説話で多いのは、複数の「しっぽ」を持つ動物の話だ。「八岐大蛇(やまたのおろち)」から始まり「猫又」「九尾の狐」など事欠かない。生物学的には多尾は不可能なことだが、複数の「しっぽ」を持つ動物は、人間の手に負えない超自然的な力を象徴するのではないかと東島さんは考えている。 昨年、東島さんは南アフリカ共和国のケープタウンで開催された形態学・解剖学の国際学会で、初めて「しっぽ学」の基調講演をおこなった。形態学や発生生物学のトピックに加えて、『日本書紀』の有尾人の話や世界の説話など、人文学分野の例も含めて話したのだ。 発表要旨の査読段階では、「人文学分野を含めてサイエンスと言えるのか?」と疑問を呈するコメントもあったという。 「だけど、実際に発表を聞いてくれた参加者からは別の声もあったんですよ。ああ、研究っていろいろな境界を跳び越えて、こんなに自由にやってもいいんだな、って」 会場からは、若手からもベテランからも賞賛の声をもらって励みになったのだという。