古舘伊知郎の「プレゼンの極意」 修羅場を乗り越える「準備」と「捨てる覚悟」とは?
本番前に「準備したことを捨てる」 「最悪の本番」を想定せよ
古舘は、これだけ緻密な準備をしながらも、最後はその準備をいったん捨てることが重要だと説く。 「徹底的に準備はするのですが、本番の数分前には、その準備したことを捨てます。なぜか? 例えば、トーキングブルースの本番が始まった後、お客さんのウケ1つで話の間やタイミングが変わったり、携帯電話が鳴ったりして、準備した通りにやれることはあり得ないからです。ただ、準備をして頭の中に一度入れたのだから、捨てたとしてもかなりのことが残っているはずです。全部捨て、会場を見て、その場の空気感でやろうと思うと、荷が降りた感じがします。そして、気持ちを楽にして舞台ができるんです」 準備の中で「最悪の本番」を想定しておくことも大事だそうだ。それはテレビ朝日「報道ステーション」の初代メインキャスターを務めているとき、休止中だったトーキングブルースの公演を1日だけ開催した際に感じたのだという。 「報道ステーションの反省会が終わったのは深夜の0時40分です。その後、地下のリハーサル室を借りて、本番さながらで(トーキングブルースの)リハーサルをやりました。すると頭が“報道ステーション脳”になっていて、“トーキングブルース脳”になっていない。もう言葉が出てこない。最悪で顔面蒼白になりました」 そんな最悪な状況の中「これはもう寝ないと体がもたない」と判断し、帰宅して午前4時には床に就いたという。 「本番当日は、開き直ろうっていうのと、怖いという思いの相半ばで本番をやったら、スムーズにできました。前日に“最悪の本番”をやったからですね。それを事前にやっておくと、翌日の本番はそれよりはマシになる。マシになったことで安堵(あんど)して調子に乗れるんですね」 最悪の本番を体験することは、実は「心を楽にするための手段」であり、良いパフォーマンスにつなげる秘訣なのだ。古舘は、就活や会議のプレゼンの場でも同じことが言えるのではないかと話す。 「例えば、就職の面接で自己PRをするとき、事前に準備したことをこなそうとすると思います。しかし、本番は何らかのいたずらが起きて理想の自分にはなれません。だったら準備をするだけして、あとは本番の直前で捨てた方がいい。準備した残滓(ざんし)がありますから、それを元にしてやると、ちょうどいい感じになるはずです。捨てないと、準備した通りにやろうとして本番がギクシャクしますよね」 取引先との商談や会議の場でも同じだ。準備すればした分だけ、どうしても事前に作成したパワーポイント通りに進めたくなる心理が働く。 「準備をするだけして、その準備をいったん捨てるのは、とても効率が悪いことです。私の理屈では、準備というのは本番で、本番は何かというと『超本番』なんです。だから準備さえしていれば、肝心の超本番では憂いがなくなります」 つまり古舘は、準備すること自体の中で、本番を一度シミュレーションしているのだ。だから本番(古舘のいう超本番)では、迷いなく進められるのだろう。数々の修羅場をくぐってきた古舘独自の仕事術がつまっている。